常態行動心理学者の瀬木と申します。 ”常態行動”とは人間が普段、無意識的に行っている行動の事。 例えば朝起きて歯を磨き朝食を食べ、仕事をして、昼食を食べ、仕事再開し、帰宅、夕飯食べて、歯を磨いて寝るという一連の行動形態の事を指しています。 その”日常生活の無意識行動”の中に実は様々な問題が内包されている事に多くの方は気付いておられない。その諸問題を解決する為、何かと難しいと思われている心理学と言う分野を解り易く生活に根ざしたテーマを元に説明させていただきたいと思っています。
2012年12月15日土曜日
世界平和の最短距離です。
年末が近づくに連れ喧騒もよりその色合いを濃くし選挙前の各党候補者の争いも激化し
更にそれに不景気風に後押しされ必要以上に頑張って疲れ切り我が門を叩く人が急増。
そのお陰で私自身も又、頑張らざるを得ない状況になっている^^;
そりゃあ不景気になれば何とか頑張って景気を良くしようという気持ちは大事である。
先行き不安な状態の中で消費よりも貯蓄にお金を回そうという考えも理解が可能。
されどもっと大事な事がある。
それは『頑張っている自分を認めて上げる事』である。
戦前戦後より古くは江戸時代以前より日本人は頑張る事を強要されてきた。
確かに島国で四方を海に囲まれ単一民族である日本人にとって『奮闘努力』しなければ生き残れなかった現実はあるであろうと思う。特に北海道や沖縄等離島にお住まいの方々にとっては頑張らねば生き残れないというサバイバリゼーションもあったであろう。
されど戦前日本の『月月火水木金金』制度は私にはキチガイじみた制度にしか見えぬ。
本当に国民を奮起させ生産力を高めたいならば適度に休息を取らせる事は必要である。
機械だってメンテナンスは不可欠、まして人間は機械に非ず。
休息を充分に取ってこそ又、新たなやる気も出てくるという物である。
又、『目の前にぶら下げられた人参めがけて走り抜ける馬』の如く御褒美も必要。
手前味噌で恐縮だが我が愛方は私と出会う迄御褒美を貰った事が無かったらしい。
親御さんにとっては親の手伝いをして当たり前、仕事をして当たり前でありそれは褒章の対象にはならぬと言う教えを長く受けてきた為に自らに対しても御褒美を挙げるという考えには至らなかったと言う。
その考え方が絶対的に間違っているとはいわぬが少なくとも我が目には正しい事としては映らなかった。我が家は何か親の手伝いをしたら必ずご褒美を貰えて居た。
勿論子供の駄賃等高が知れている、それでも幼少期より働いたら何某かの報酬を得れると言う商業主義的考えを植え付けられた事は現代の自分にもとてもプラスになっている。
我がセラピーの仕方もそれに習っている。
頑張った分だけ必ず結果を出す。
結果の出ないセラピーは絶対にしない。
当たり前の事だがこの当たり前の事を中々実行出来ているセラピストは少ない様だ。
我が門を叩く同胞の多くは”目に見える結果”が出る事をとても喜び我がセラピープログラムを嬉々としてこなしている。
それは結果として自らの変化が自らでちゃんと自覚できているからである。
例えば容姿、例えば人の評価、人からの扱いの違い等である。
我が門を叩く人の多くは人から正当評価をされず認められなかった方々である。
それ故に我がセラピー後”認められる喜び”を得られる事はとても大きな意味を持つ。
それは何故か?
私自身もそうだが”人から認められると自らも自らを認められるようになる”からだ。
お恥ずかしい話だが私自身が自分を認められるようになったのはこの仕事に就いてから。
それまではとてもじゃないが自分を認められる人ではなかった。
30年近く人から人として認められない世界に身を置いていた人間である。
早々に自らを認めよと言われもそれは土台無理な話。
だがこの仕事に就いてから人が人から認められる喜びを自らがそれを同胞に成す事で学ばせて貰った。と、同時に自分自身を認める事で変わっていく同胞を目の当たりにし自分自身も自分自身を認めてあげるべきではないか?と言う考えに至った。
それからは随分と楽になり生き易くなった。
心なしかセラピーテクニックも精度を増した気もした物である。
人間頑張る事は勿論大事、されどその頑張りを自らが認めてあげる事はもっと大事。
貴方は世界にたった一人しか存在し得ない唯一無二の絶対的存在なのである。
その唯一無二の絶対的存在である自分にどうか誇りを持ち自分自身を認めてあげて欲しい。その事により自分自身も変わり自分自身の周りも又、変わって行く事は間違いない。
貴方が貴方自身を認める事は貴方の周りの人達も又、認める事と同じである。
何故ならば同じ場を構成する構成員だからである。
貴方自身が貴方を認めその輪が広がればこの世からいつか争いはなくなる。
私はそう信じて今日も”自分自身を認めさせる努力”を続けています。
2012年12月14日金曜日
『卵が先か?鶏が先か?』の理論だと私は思います。
脳はPCで言う所のCPU(中央集積回路)であり五体は外部情報入力機関。
各部位からの情報を脳が処理しその結果を伝達しそれを受けて各部位が動く。
と言うのが脳科学及び神経学的見解であると思います、生態学も少しは被るか?
されど私は一心理学者としてこの見解に若干の異議を唱えたい。
例えばマラソン等長期常態行動において体が途中から言う事を聞いてくれなくなる。
これは言わずもがな生命維持装置が働きそれ以上の運動は生命力を弱める危険性がある為に動けなくするというのは理に叶っている。
その際それを判断するのが本当に”脳”だけなのだろうか?と私は疑問に思う。
筋肉が疲労を感じそれを脳に伝達しそれを各部位に指令を出しているという事は実際に動く動かないの判断を下しているのは各々の部位ではないか?と私は考える。
正に脳科学及び神経学及び生態学的には『馬鹿か!』と一笑に伏される事間違いなし。
私は生来のへそ曲りなので定説と言うものを見るとどうもひっくり返したくて仕方なし。
先の『卵が先か?鶏が先か?』の理論で行けば各部位に独自の自己判断機能が備わっていてもおかしくは無いのではないかと思う。
いわゆる条件反射と言うのも一般的には脳が処理をしていると言われているが本当にそうなのであろうか?
或いはそれらの判断を各部位が独自に行っているとしたならばこれは理に叶う事ではないだろうか?
この考えに至ったのは実は今回の山中教授の発見が契機となった。
細胞自体に判断力が在りその判断で持って自らの意思で各部位の情報を集めそれらになっていくと考えた場合これが証明されれば物凄い大発見となる。
私は一心理学者なので研究範囲に限界がある。
されどその限られた中で様々な思慮を重ねこの問題に独自に取り組んで行きたいと思う。
2012年12月13日木曜日
今冬の胃腸系疾患が多い訳。
最近私を含め近隣者でお腹を傷める方々が多数。
腹痛から下痢や便秘を繰り返しもしや大腸ガンでは?と一喜一憂される方が多い。
されどそれらの主な原因は急激な温度差であります。
尋常ならざる寒さの中急に熱い物を食べたり飲んだりすると内蔵はその温度変化についていかず誤動作を起こします。
元々寒さで腸の働きが鈍って老廃物が溜まっている所にそういう異常が起こると脳はそれを正常化させようと老廃物を強制的に除去しにかかります。
それが真冬の胃腸系疾患の原因です。
改善方法は急激に熱い物を口にせず少しずつ温めて行く事です。
人間は急激な温度変化に弱い恒温動物です。
蜥蜴や蛇等爬虫類のような変温動物ではないので周囲の温度に自らの体温を合わせる事ができません。今冬の寒さは尋常では無くその分屋内外での温度差はかなりの物に。
これが此処まで寒くなければ室内外の温度差が余り無い為に胃腸系疾患には至りません。
されど此処まで温度差が有るとその影響はモロ内蔵にきます。
くれぐれも熱い物の一気飲み及び一気食いは胃腸系疾患を引き起こす原因となりますので御用心下さい。
2012年12月12日水曜日
海外で日本人英語が通じないのは発音だけが問題ではない。
年末年始を海外で過ごす方も少なくはないであろう。
何度も渡航している人は別だがそうでない人の場合必ずぶつかるのは”言葉の壁”。
日本人は戦後教育の中で”正しい外国語”を身に付ける事に躍起になってきた。
米英に追いつき追い越すという精神は未だ日本人の生来型遺伝子に遺伝子情報として脈々と受け継がれている。先進国の仲間入りを果たした今でもその精神に代わりはない。
だがその精神こそが海外でのコミュニケーション能力を貶めている事に気づいていない。
日本人の外国語が外国人に伝わらないのは何も”発音”だけが問題ではない。
一番の問題は”表現力の乏しさ”にある。
或る面白いエピソードをご紹介しよう。
英文科卒のバリバリのバイリンギャルAと文学部卒の普通の英語力しか持たない大和撫子Bの二人の女性が海外へ旅行へ出かけた。
通訳は私に任せてと言わんばかり意気揚々と目的地に着いた。
さて此処で本領発揮と普段”大学で習った英語”をバリバリ使ってコミュニケーション。
ところが…着いた先は都会ではなく田舎町、都内某有名大学卒の二人は”海外の田舎”に憧れ敢えて都会ではなく町外れの街を選んだ。
第一の失敗はこの目的地の選択ミス。
Bは都会の方が日本語が使える場所も多いと主張したがAは自らの英語力を過信し却下。
Bもそれに従い田舎町をセレクトしたのだがこれが大失敗。
悲しい位Aの英語は全く現地人には通用しない。
焦れば焦る程言葉を間違えそれが余計に焦りを生みと悪循環。
見かねたBがAを押し退け拙い英語と身振り手振りで一生懸命現地人に説明。
私ですら通じないのにアンタの英語力で通じるはずがないじゃないと高を括るA。
されど結果は予想を大きく裏切りBの英語で相手は理解し何とか宿泊先についた。
見事プライドを傷つけられたAは今度こそと宿泊先で”流暢で上品な英語”を披露。
されどこれもやはり通じず、今度もBの”拙い英語”で難を切り抜けた。
こうなったらいよいよAは自らの面目丸潰れとなり面白くない。
何とか汚名挽回をと思えば思う程その心とは裏腹にBの活躍の場は増えていく。
自らのプライドを完膚無きまで叩き潰されAは茫然自失遂には引き籠りとなった。
帰国後二度と海外へは行かないと言うAに対し自らの英語力に自信をつけたBはその後海外へ就職を求め見事就職が叶った。
ではこの二人の違いは一体何処に有ったのか?
答えは”Aの英語力が有り過ぎた”事が原因である。
海外の田舎町では都会程”識字率”が日本の田舎町と比較しても決して高くない。
つまりAの”綺麗な英語”は彼らには”難しすぎた”のだ。
又、日本と同じで海外も”方言”があるので”方言”で耳が慣れている現地人には”標準語”は聞き慣れない言葉で理解が”難しい”。
翻りBの英語力はA程ではないが”身振り手振り”を駆使し”現地人と同レベルの語彙”で話した事が功を奏した。
発音は決して良くはないが平易な英語と何より一生懸命伝えようとするボディーランゲージが現地人の理解を増したと言って良いだろう。
”正しい外国語”が必ずしも”伝わる外国語”ではない。
私の英語力も対した事はないが或る留学生に大学教授より表現力があると言われたw
因みにその大学教授とは英米文学部の学部長殿である(笑)
これが現実である。
今の日本に欠けているいるものとは
『生き馬の目を抜く現代』『生きる事は戦い』と言われます。
年末を迎え益々その様相は色濃くなって来ています。
されどその中にあって『共闘』という事を現代人の多くは抜かしていると思います。
人間が地上の覇者となれたのは某自己犠牲ゲームじゃないですが巨大な的に対して皆で力を合わせて共闘したからこそ強大な敵にも向かう事が出来共闘出来たからこそ高い文明を築く事も出来た筈です。
日本が戦後急成長した影には米英に追いつき追い越すという精神の元皆がその力を結集し努力をした結果先進諸国の仲間入りを果たす事が出来たのだと思います。
『個の時代』と言われて久しくなりますが『個』はその対を成す『全』があればこそ『個の存在』も又その色を濃くできるのです。
『全』無き『個』は存在し得ないのです。
日本の今の経済の停滞の原因の一つは正に此処にあると思っています。
他社を追い抜く、同僚を追い抜くのではなくそのもっと先にある強大な敵の為に皆が共闘してこそ経済も回復して行くのではないでしょうか?
有限な資源がどんどんと枯渇していく中その必要性は益々増してくると思います。
私は断固戦争反対派です。
戦争は何も生み出しません。
されどその中にあって戦後日本が共闘精神を持てた事だけは評価に値すると思います。
今一度人間がこの地球で未だ生き残っている理由に立ち返って欲しい。
総選挙投票前に私が思う事です。
と言う事で今日も最後のフォンセッションを終えそろそろ休ませていただきます。
皆様方も良き夢をm(_ _)m
2012年12月11日火曜日
原発推進はオゾン層の破壊を助長させ地球を死の星とする愚行なり
『最近の若い者は軟弱でいかん、ワシが若い頃は…』と昔話を始めるご老体。
挙げ句の果てこの真冬の寒さに真っ裸で乾布摩擦を始め、或いは竹刀の素振りを始め結果大風邪を引く。
これぞまさしく『裸の王様』
御老体には誠に申し訳ない事なれど明らかに地球の温度は御老体が若かりし頃より数度以上変化をしています。
それは目に見えております。
それも”地球温暖化”だけが取り沙汰されておりますが実は異常気象はそれだけに非ず。
今冬は初冠雪を多くの地域で更新され又最低気温が例年に比べ低い日数が多いのが特徴。
実はこの初冠雪に最低気温の更新の原因も”オゾン層の破壊”が原因です。
オゾン層とは言わば人間に於ける衣服に同じ。
暑ければ風通しを良くし寒ければ風を遮蔽する役目、それがオゾン層の役目です。
それがフロンガスや排気ガス等の環境破壊によってどんどんと薄くなっている。
つまり暑さや寒さを遮る物を人間自らが放棄しているのと同じです。
更にそれは気圧配置を変え台風や大雨、大干ばつ等の異常気象を引き起こす原因にもなります。
太陽熱を遮らないということは地熱温度が上がります。
すると当然地球のコアであるマグマを刺激します。
結果的にプレートを動かす原動力となり地震が起きやすくなりそれにより火山の噴火も呼び水となります。
オゾン層の破壊は正に人間をこの地上から抹殺する最終兵器なのです。
このまま地球の自然を人間の愚行により破壊し続ければ明らかに地球は”死の星”となるでしょう。
そうなれば”母なる星”が無くなり”魂の帰る場所”を亡くします。
それは人類創生より繋がる御先祖様への無礼にも繋がります。
そうなる前に今迄以上に真剣に”オゾン層の破壊”を止める方法を人類は模索すべきです。
原発が問題なのは原発が今回の東日本大震災の時のような人災で破壊され”放射能漏れ”を起こした際”オゾン層の破壊”を更に増進させる危険性がある事が一番の原因。
それにより異常気象を引き起こし火山の活動を活発化させ地下のプレート移動速度を早め結果地震を引き起こす引き金となるからです。
今考えるべきはオゾン層の破壊問題、人類が真剣に取り組まなければいけない大きな課題なのです。
2012年12月10日月曜日
昔:『風が吹けば桶屋が儲かる』 今:『自動ドアが開けば空調屋が儲かる』。
今は何処へ行っても自動ドア乃至重力式ドアで和室の様に自らが閉める必要の無い所が多い。
それが常態行動となり地方の電車や和室では無意識に開け放しにする人が多数。
結果季節を問わず空調が必要となり空調屋が儲かるのです。
そしてそれは更に恐ろしい事態を招く結果にもなります。
空調を強くすればフロンガスが大量に空中に撒き散らされ結果益々地球温暖化現象は深刻な結果になります。
自動ドア乃至重力式ドアを廃止し全てを手動に切り替えれば地球温暖化防止だけでなく某社のようなエレベーター事故も防げ安全対策にもなります。
更に思いやりの精神も養う事が出来ます。
一人は皆のために、皆は一人の為に、助け合いの精神も其処で養う事ができるようになります。
日本人の誇りと地球の環境を取り戻す為にも自動ドア乃至重力式ドアを本来の手動式に戻す必要が今後出てくると思います。
自動ドア乃至重力式ドア廃止は更に原発推進派の腐敗政府や腐敗電力会社への反旗を翻す事にもなります。
手動扉開閉が定着すれば空調に掛かる電気代節約にもなるので電力会社の値上げに屈せずとも良くなります。
そうなれば原発推進も無意味となります。
より安全は確保され健康にもなります。
これこそ正に一挙両得です。
是非今度の選挙投票の材料にw
登録:
投稿 (Atom)