2010年10月30日土曜日

我が身既に鉄なり、我が心既に空なり、天魔伏滅

『影の軍団』服部半蔵の名台詞で始まりました今回の記事。
しかし今の私の心境を素直に表しますとそうなります。

一部の方は既にご存知ですが私はスピリチュアルな人でもあります。
まぁ平たく言うと”霊能者”というカテゴリに属する人間です。

此処数日、溶けるような暑さの連続で少し”ボケ気味”になっております(笑)
しかしそれを差し引いても此処数日の”ボケ具合”は常軌を逸しております。

そしてそれは我が恋人にも波及しております。
まぁ一部の方にはご理解戴けるかも知れませんが”反対勢力による妨害工作”という物であります。
(我々は”干渉”と呼んでますが…)。

我々は神との契約によりその力を発揮する事が出来ます。
逆を言えば契約していない神からは常、狙われる対象となります。

我々霊能者は現世に於ける神の力の代行者です。
神は我々霊能者を通して現世に様々な”奇跡”を起こします。

そうして神々の領域拡大を常考えておられる訳です。
ですが領域侵犯と申しましょうか他の神々と領域が接すると当然”折衝”が起きる訳です。

そして尖兵たる我々人間がその”折衝”の一番の被害者となる訳です。

数年前に父を亡くし今はその悲しみから這い上がろうと家族が必死になって頑張っています。
父亡き後の家庭を守り父の遺した会社を守り皆が一丸となって頑張っています。

そんな中私がヘバる訳には参りません。

奴らは”心の隙間”を狙ってきます、そこにピンポイントに攻撃を仕掛けてきます。
ですから題名にあるように”心を空”にすれば奴らの攻撃ポイントがなくなります。

奴らは”心の隙間、心の弱い部分”につけ込んで攻撃を仕掛けてきます。
故に”心を空”にすることにより弱い部分を無くし攻撃をかわす事にしました。 

裸の心で…

フリーセラピストという職に就いて20年目。

勿論常、順風満帆であった訳ではない。
最初の頃は随分と苦悩もしたし失敗も挫折も数え切れないほど繰り返してきた。

同胞に裏切られお金を騙し取られ挙句暴力団に追われる羽目になった事もある。
余りに辛くて止めようかと思った事も一度や二度ではない。

それでも今だ私はこの仕事を続けているしこの仕事は天職だと思っている。
世俗に塗れると”美辞麗句”や”甘言”の渦の中に否応なしに人は巻き込まれてしまう。

その中で人は”有頂天”となり”自分を見失い”そして最終的には”挫折”する事になる。
私もそんな挫折を味わった者の一人である。

甘言に騙され高額商品を買わされたり高額な金を支払わされたりなんて事も多々あった。
理不尽な徴収を受けた事もある、結局裁判を起こしたが今だ全て回収には至っていない。

だがそれでも私はこの仕事が好きだしこの仕事を一生続けていこうと思っている。
それは何故か?

私が”裸の心”で”裸の言葉”を吐ける唯一の公の場が此処だからである。
同胞には一切の美辞麗句や甘言は使わない、というかそれを使ってしまったらこの仕事はお仕舞である。

こちらが”裸の心”で”裸の言葉”で相手にぶつからない限り相手は絶対に心を開いてはくれない。
薄っぺらい美辞麗句や甘言を幾ら並べ立てたとしても”心の琴線”には少しも触れないのだ。

もう一つ私には”裸の心”で居られる場所がある。
それが我が彼女の前である。

私が”裸の心”で”裸の言葉”を言えるようになった陰には彼女の存在がとても大きい。
彼女は私を常、褒めてくれる、だがその言葉に一切の”嘘偽り”は含まれて居ない。

一切の美辞麗句やお世辞を排除して”真実の言葉”で私に語りかけてくれる。
その”真実の言葉”の持つ効力や重みを私は身を以て我が心に受けている。

そして今はその”裸の心”で多くの同胞に接し、多くの同胞から”裸の心”を頂戴している。

世の中には”嘘、偽り、紛らわしい、大げさ”な事があふれている。
せめて私と共に居る時間だけでもそれらの”虚構”から”現実”へむいて欲しいと思う。

私はこれからも”裸の心”で多くの同胞に接していくだろう。
そしていつかこの地上から”甘言”を無くしたいと思っている。

そうすればもっともっと人は”素敵になれる”と思うからだ…。

言わなきゃ判らないという人は大抵言っても判りませんw

私の知り合いに”言ってくれないと私は判りません”と駄々をこねる人がいる。

だが、私は思う”言わないと判らない人は言っても判らないよ”と(勿論本人には言いませんが^^;)。

我が同胞(私は患者を完治という共通目的を求める仲間と位置づけ同胞と呼びます)にしても同じである。勿論最初は誰でも判りませんから説明をします、これは三歳児であろうが老人であろうが同じ。

ですが三度以上私は繰り返しません(勿論一つの事についてですけれど)。
逸れは何故か?自己治癒力を高めるには本人の”治ろうとする意思”が何よりも大切です。

我々専門職はこの”自分自身が治ろうとする力”を如何に引き出すか?が鍵だと思っています。
故に”死ぬ気”で同胞に挑みます、ありとあらゆる方向から様々なアプローチを試みます。

ですがそれも”同胞と同じ方向を向いていなければならない”という大前提があってこそです。
私は右方向へ導こうとしているのに同胞が反対方向へ進まれては何の意味も有りません。

勿論反対方向へ進む事が同胞の為となるならば喜んでその方向へ進ませるでしょう。
しかし大抵の場合同胞自身が苦しむ方向乃至は元の悪い状態に戻ろうとする方向へ進みます。

これは染色体レベルで人間が本来の方向へ進もうとする性質から来ています。
自然治癒力もその一つ、でも時としてその方向が正確じゃない場合が有ります。

その時は専門職たる我々が”強制的方向転換”をしなくてはならなくなります。
それをどう行うのか?そしてそれが”強制的方向転換”である事を如何に悟られないようにするか?
それが腕の見せ所でもあります。

同胞が違った方向へ進んだとき、その道を封じ新たな道を示し其処へ誘導する、それが我々の仕事です。
しかしいきなり目の前に柵を設け、反対側に誘導したのでは同胞はいう事を聞いてくれません。

如何に相手に納得させ今進んでいる方向が自分にとって好ましくない結果を生みこれから指し示す方向が
その人にとって実り多き場所へ出る道であるかを示す事が何より大切なのです。

それには豊富な経験と確かな知識、そして表現力が求められます。
正確に導くにはそれなりの努力が無いと出来ないのです。

故に”言わなきゃ判らない”と駄々をこねるアフォの相手はしたくないのです(笑)

幸せ効果♪

私は一部では”マジシャン”と思われている(笑)

逸れは何故か?瀬木マジック”という言葉のマジックを掛けるからだ。

我が元へは多くの同胞が年間やってくる。

中には”自信喪失症”の人や”対人恐怖症””自己嫌悪症”の人も数多くやってくる。
だがどの人も我が門を去る頃には皆さん”笑顔”で”自信に満ち溢れ”人が大好き”になって去られていく。

これこそが”瀬木マジック”と言われる所以である。

やり方は人それぞれ違うので一概にこれ!と指し示せる物は無い。
只、指し示せる物は無くてもその効果は”マジックを掛けられた人”を見れば一目瞭然。
特にマジック以前を知る人には”本当にこれはマジックだ”としか思えないらしい(笑)

過日もそんなマジックに掛けられた人から一報が届いた。

私はレイキ・ヒーリストとでもある。

ある同胞に過日レイキ・ヒーリングを施した。
氏は窓口業務なのだが所謂”視線恐怖症”で余り正直この仕事は向いていなかった。

上司には常怒られるしお客にも愚痴られるし同僚には馬鹿にされるし…。
つくづく自分はこの仕事向いてないんだと思って居たらしい。

その氏にレイキ・ヒーリングを施した。

すると驚くべき事が起こったと言う。

今まで怒られていた上司から褒められ、同僚からは羨望の眼差しで見られ今まで愚痴って居たお客からはまぁ褒められはしない物の愚痴られることはなくなったという。

私もこの話を聞いた時は正直我が耳を疑った。
だが実際にその人の勤め先の知人に確認を取った所それは間違いないという事だ。

笑顔がとても輝き応対も自信もって行い落ち着いていて風格が出てきたのだとか(笑)

恐らく氏の精神的ストレスがレイキにより無くなったのが一番の原因だと思われる。
元々出来る人だった物が過度の様々なストレスで精神が萎縮していただけだろう。

まぁ幸せ効果付与という言葉は正直気分の悪い物ではない。
この仕事は”施術する人が明るく楽しく生きる術”を与える事が命題と思っている。

その至上命題を達成できた事はセラピストとしてこの上ない喜びである。
これからも多くの方にこの”幸せ効果♪”を施していければと思っている。

まぁその為にも早くこの体のダルさを退けて欲しいのだが^^;
季節は秋だのいうのに日差しは強いは、蝉は啼くわ、害虫は異常発生するわ…^^;

皆様も害虫には注意してくださいね。

思いの強さを形に変えて…

幸い我が居住地域は台風進路予想進路から大きく外れました。
そして降雨を願う地域の方々の願いが届いたのがそちらへ進路がズレました。

やはり此処でも”人の思いの強さ”を見て取れる気がします。
”人の心”を扱う仕事は”人の思いを受取る仕事”でもあると私は認識しています。

”治りたい””社会復帰したい””人間関係を円滑にし彼女と仲直りしたい”そう願う方々の、
”強い思い”こそが奇跡を起こす鍵であるとこの仕事に就いて深く痛感します。
(或いは”来るな”という強い反発の思いも受け止めねばならぬ時も有ります)。

同胞は私のやり方に賛同し賛美を与えてくれます(勿論全ての同胞がそうである訳ではないですが)。
しかし本当の功労者は誰でもなく本人自身です。

本人の”思いの強さ”が”心の病”を克服した、それこそが事実です。
私は彼らの背中をほんの少し支え、ほんの少し後ろから風を送ったに過ぎません。

勿論手を払いのける人も居れば反対方向へ進む人も居ます。
ですがそれも御自身が選択された事、私はその手を押さえたり軌道修正したりはしません。

しかし”行動とは裏腹に心が救いを求めている人”には強引にでも軌道修正を施します。
心と身体のバランスが崩れている人は思っていても違う行動に出る場合も有ります。

本当はこうしたくないのに身体が反応して…と言う風に心で大粒の涙を流す人も居ます。
傍目にはそれは解らないかも知れません、でも専門職ならばそれを察知できます。

それをいち早く察知しその方の”心”が欲する状態にしてあげる、それが私の仕事です。

今日も今からアレルギー体質改善の注射を打ちに掛り付け医の元へ参ります。
台風の予想進路から外れたといっても規模から言って余波は避けられないでしょう。

黒く厚い雲が空を覆いつくしさながら黒龍の腹の如き色を呈しています。
しかし私が健康である事は私のみならず家族や私を必要とする全ての方の幸せにも繋がります。
故に自身の健康管理は慎重の上にも慎重を期し常動ける体でありたいと思います。

人の為に生きるという事…

今日は朝からバタバタとしていてとても多忙を極めた一日でした。

と言うのもやんごとなき事情で”家から出られなかった”からです。
外回りの仕事も有ったのですが全てキャンセル、電話セラピーに切り替えました。

私にとっての優先順位とは”必要性”と”困窮度”の高い順です。
例え順番が違えていても私は上の二つを最優先とします。

今回とても”必要性”の高い”困窮度”の有る仕事が途中から舞い込んで参りました。
私にとってとても大切な人だったので先ずは何を於いても優先せねばという事で優先順位をつけました。

それが幸いしたのか?災いしたのか?それは後になって判る事。
今、困っている人を目の前にして通り過ぎることは出来ないというのが自論です。

その為にほかの人間関係がギクシャクし、最悪崩壊したとしてもそれは止むを得ない事。
私は私の中の正しさでもって仕事をし生活をしているのでそれを曲げるつもりは有りません。

幸い際優先順位を付けた方も快方に向かっているとの報を受け安堵して居る所であります。

閑話休題

そんな中、大学時代の先輩から連絡を受けました。
聞けば今現在先輩は”街づくり大学”の事務方に席を置いておられるとの事。

”街づくり大学”とは私の大学の元・学長が提唱している市民大学の事。
元・学長は今では”街づくり大学”の学長を務めておいでです。
(余談ですが氏は意外と著名人らしくノーベル物理学賞受賞者らしいです^^;)。

恐らく我が先輩も元・学長に引っ張られて事務方に収まったのだと思います。

市民大学ですから受講生は一般市民が対象です。
様々な市民生活に密着する問題を講師の先生を招いて講義をするのが目的との事。

今まで”物づくり”や”市民生活”について様々な講義をなされてきたらしいのですが、
生憎”心理学系”だけは何故か人材が揃わなかったらしく。

其処へ私の名を先輩がどっかから聞いちゃったんでしょうね^^;
『渡りに船』とばかりに電話が掛ってきちゃった訳です。

勿論大学時代お世話になった先輩なんで無碍に断るわけにも参りません。
さりとて即答でお受けする程私も馬鹿じゃない。

取り合えず今日の所は保留と言うことで資料だけ送ってほしいと願い電話を切りました。
幸い、愛方及び身内の賛意を受け、今後の仕事の足がかりにもなればと言う事でお受けする事に。

早ければ来月から講師として市民大学で壇上に上がる事になりそうです。

学生時代は弁論大会や青年の主張など壇上に上がる事は少なく有りませんでした。
しかし社会人となってからはディスカッションのパネラーに選ばれる程度で壇上に上がる機会も激減し
殆ど無縁の生活を送っていました。

それが此処へ来ていきなりの依頼で…いやはやなんとも一体どうなります事でしょうか^^;
又、講義の内容等は追々此処で紹介して参りたいと思います。

やはり…人の為に生きるという運命に私は逆らえないようですねぇ(笑)

人は自分を知る鏡なり…

我が門を潜る人の中に多くある悩みの一つに『自分が判らない』という人が居る。
つまり自分の今の立ち位置が全く解らないという人結構多いのだ。

それも立派な役職に付き、人望も社会的信用もある程度お持ちの方がである。
一見すると『何で?』という風にお思いになる人が多いと思う。

しかし私には彼らの考えて居る事、思って居る事が手に取るように解る。

人は社会的地位が上がり、ある程度の人望を得ると”守り”に入る。
それらを失うまいと”挑戦する事”をしなくなる。

それは何も自分自身の保身の為だけではない。
例えば大会社の社長ともなれば自分の立ち居振る舞いがそのまま会社の信用に直結する。

下手を打てば会社は斜陽し、多くの社員を路頭に迷わせることとなる。
本当に下の事を思う社長ならばそう思ったとしても何ら不思議は無い。

だがそれは逆に自らに大きな精神的負担を抱える事にもなりかねない。
周りに”イエスマン”が増え、自分を映し出す鏡がどれも”同じ表情”なのだから。

自分は本当に日々成長してるのか?それとも退化しているのか?
周囲にある鏡だけではそれらを推し量る事はとても難しい。

そういう人には私は”チャット”に入る事をお勧めしている。
ヤフーチャットなら私の知り合いも沢山居てその中には”聞き上手”な人間も沢山居る。

勿論私のような専門職の者も居て私以上に素晴らしい助言をしてくれる。
そして彼らは皆一様に”御互いの氏素性”を明かさないで居られる。

社長も弁護士も交通整理の人もパートタイマーも皆”同じ目線”で話が出来るのだ。
中にはとんでもない社会的地位のある人も居るが敢えて私はそれを伏せている。
(何せ国を一つ任せられている人なのだから(笑))

その中で日々成長している”自分”という存在を掛け値なしで知る事が出来る。
最初は中々打ち解けられないが徐々に打ち解けていき自分の今の悩みを素直に打ち明け
又打ち明けられた方もそれを素直に受け止め素直な意見を返してくれる。

言うなれば”釣り馬鹿日誌”の”スーさん、ハマちゃん”の関係と似ている。

だが全ての人間がPCを扱えるわけも無い。
ヤフチャが出来ない人だって沢山居る。

ならばそういう人たちは何処で”鏡”を得たらよいのか?

それは”身近に居る人々”である。

つまり家族や近所の人、偶に買物に出かける先の店員さんでもいい。
そういう人たちの”自分に対する接し方”で自分の成長を押し量る事が出来る。

ある面白い話をしよう。

恋愛に悩むYちゃんという娘が居た。

同じ職場の違う階に居る彼に彼女はぞっこんだった。
しかし中々告白できずバイトの終了期限だけが無為に過ぎていく…。

偶々同じ大学の後輩であるという事も手伝い此処は私が一肌脱ぐことに。

とりあえず敵情視察をしなくてはと彼の居る売り場へ足を運んだ。
幸い彼は紳士服売り場に席を置いているので私が行っても無理は無い。

彼の接客の仕方や立ち居振る舞いをある程度観察し彼とは言葉を交わさずそのまま帰宅。
その足で直ぐYちゃんに電話。

デートの取り付けから終了までの全ての指示を出した。

勿論彼女は半信半疑だ、何せ彼の事を私は殆ど知らないのだから。
だがとりあえず彼女は私の言う通り段取りをしそしてデートに臨んだ。

数日後彼女が我が門をダッシュで叩いて飛び込んできた(笑)

”凄い!先生が言った一言一句間違いなく全て彼が言いました。どうして解ったんですか?”と(笑)

答えは至極簡単である。

彼の立ち居振る舞いから彼の性格を察知。
勿論後輩の性格は長年見ている為彼以上に知っている。

その二人を頭の中で立たせシミュレートすれば自ずと出てくる言葉は容易に想像出来る。
それをそのままYちゃんに指示したに過ぎないのだ。

その後何とYちゃんの男性の好みがいきなりシフトし彼女は男性を日本人から外人に(笑)
だが今でもYちゃんの中で私は”マジシャンだ”という事になっている(爆)

このように”自分”を知る為には”他人の自分に対する接し方”を見ればよいのである。
その接し方が変わっていればそれは”自らが変わった”という事と同意義である。

そのやり方で私は過去お子さんを連れてきた母親を治し、彼氏をつれてきた彼女を治した。
何れも問題を抱えてきたのは連れて来られた方ではなく彼ら・彼女らを連れてきた方。

故にその”連れて来られた方”を変える事で”つれてきた方”を変えるという方法を取った。

セラピーのやり方も実に様々なのである。