2011年8月5日金曜日

初の電子書籍小説集『もし心理学者が小説を書いたらどうなるのか?』完遂!

心理学者瀬木良介渾身の電子書籍三作目!
今回は初の小説集です。
『もし心理学者が小説を書いたらどうなるのか?』
そんな実験的作品でも有ります(人、それを無謀と呼ぶw)。
作家とは違う心理学者ならではの切り口で語られる全11篇の物語
​。
アナタの目にはどのように映りますでしょうか?
本書の初版売上は東日本大震災で被災された被災者家族へそのまま
​手渡しされます
http://assf.cart.fc2.com/ca1/4/p-r-s5/

2011年8月2日火曜日

心理学者瀬木良介電子書籍第二弾、今回は初のエッセイ集発売『心の宝石箱①』

心理学者瀬木良介の電子書籍第二弾。
今回は初のエッセイ集。

心理学者がエッセイを書くとどうなるのか?
そんな実験的試み的作品です。

心理学者ならではの視点で綴られる全28篇の宝石達。
アナタの目にはどの様に映りますでしょうか?

前作より大幅ボリュームアップされどお値段そのまま。
今回はPDFファイルにて皆様のお手元にお届けします。
iphone等多くの媒体に対応可是非御笑覧下さいませ

尚、前作『或る心理学者の心理学ファイル001~ディザスターズ​サイコロジー(災害症候群)篇~』同様初版売上は全額被災者家族​へ直接手渡しとさせて戴きます。

皆様方の御支援を何卒宜しくお願い致します。

http://assf.cart.fc2.com/ca1/3​/p-r-s/

心理学的エトセトラ


朝、目覚めが悪い人、シャンとしない人の多くは朝食をちゃんと採​っていない人です。
ちゃんと採っているとする人もドリンクや栄養補助食品を通勤途中​にと言う人が大半。
朝、椅子に座って朝食を採る事は脳を”起こす”為に必要な行為。
人間が猿から分派し今の文明を築けた一番の理由は”噛む事”を早​く覚えたから。
噛む行為は脳に刺激を与え刺激を受けた脳が体の各部位に”起きろ​”と指令を出す。
その事で体の各部位が目覚め、”睡眠モード”から”仕事モード”​へ切替えさせてくれる。
”噛む”事は脳に刺激を与えそれが脳の活性化に繋がり一日を円滑​にさせてくれる。
朝、ちゃんと”噛んで”ますか?^^v


『覚悟』無くして『変化』なし。『変化』なくして『進化』なし。
何かを変えようとするならばそれなりの覚悟が必要。
その覚悟を持つ事で進化が可能となる。
『覚悟』を恐れる者は『進化』を得れず。


強い拒絶は容認と同様の効果が有る。
好ましからざる人間関係ばかり構築されている人の殆どがこれ。
強い拒絶は心の奥底に常、それを置く習性が有りそれは潜在意識に​その状態を置く事を容認したのと同様の効果を齎す。
脳は融通が利かないのでそれを容認としそういう人間関係構築に走​る。
これでは本末転倒である、ではどうすればそういう無限ループから​脱却できるだろう?
本当にそれらを拒絶したいなら先ずその拒絶する心を開放する事か​ら始めよう。
それらを拒絶する事を一旦止めそれらを受け入れる方向で考える。
勿論実際に状況を許容するのではなく”心”で受け入れるだけでい​い。
すると”固執する心”がなくなり”拒絶”を”拒絶”として心が受​け取る土壌作りになる。
そうなれば”拒絶”された事を心が認識しそういう状況を無意識に​遠ざけてくれる。


『私に非は無い』とする人の殆どはその人に非がある。
何故なら『自分に非があるかも知れない』と気付いていないから。
本当に非の無い人は自らに非があるかも知れないと自らを振り返ら​れる人。
そういう人は自らに対するチェックリストが出来ているので非があ​っても少なくて済む。
本当に自らに非が無いのであるならば非が無いと言わしめる状態は​起こらない筈。
そういう状況を生んでいる時点でその人に何らかの落ち度が有るこ​とは明白である。
されど多くの人は其処に目は行かず相手の行動のみに注視し自己弁​護を図る。
それ故同じ様な状況に於かれてしまう事になるのである。


我が元へ以前不良グループに入っていたご子息の事で御両親が相談​に来られた。
一時期夫婦仲が悪い時に不良グループに誘われて入ったのだとか。
今は夫婦仲も戻り御子息もグループから抜けたらしいが確証は持て​ない。
自分達の愚行により子供を不幸にしては申し訳が無いと門を叩かれ​た。
私は今の御子息の人間関係に着目する様進言申し上げた。
我が提唱せし『場の心理学』によれば本人が変われば本人を中心と​した場が変わる。
場にそぐわない人間は去り適合する人間のみ残る。
もし御子息が不良グループと繋がっているならば同じ属性を持つ場​が出来ると。
幸いそれ以降御子息の人間関係は良好を保ち無事社会人となり御両​親も安堵した。


『男女の友情は成立するか否か?』恐らく人間が抱える永遠のテー​マの一つだと思う。
多くの方が『男女の友情は成立しない』と言われるが私は寧ろ逆だ​と考える。
何故なら『男と女だからこそ友達で居ようと意識し努力をするから​』である。
これが同性ならばそんな気遣い等無用。
されど相手が異性なら全く恋に落ちる危険性が無いとはいえないか​らである。
それ故同性よりも更に意識をして”友であろう”とする分”友情”​は存在すると考える。
良く”俺は男として見られていない”とか”私は女として見られて​いない”と言うが嘘です。
異性にとって異性はやはり異性、どんなにずっと長く居てもやはり​異性は異性です。
異性であるが故にその関係を崩すまいと意識し異性である事を頭か​ら退けようとする。
それ自体が既に”異性”である事を意識している証拠なのですよ。


地声が大きな人を除いて大声で相手を叱る人は自己顕示欲の強い人​である。
自らの社会的優位性を外に示したいと言う欲求が無意識的に働いて​いるから。
意識が外に向いている為叱り方に整合性がなく支離滅裂な感情論者​である。
本当に相手に理解を得る叱り方とはまず最初に相手を認めてあげる​事。
その上でその人が冒しミスの改善点を示して挙げる事。
最後に励ましの一つも掛けてあげればその人がミスを侵す事は二度​とないでしょう。


『大丈夫です』と言う人の殆どは『大丈夫』ではない。
本当に『大丈夫』な人は『大丈夫じゃない』事を知っている人。
されど『大丈夫じゃない』事を知らない人はそれを知らないから『​大丈夫』と言えるから。
本当に『大丈夫』な人は『大丈夫』とは言わない人です^^v。


『幸せです』と外へ向けて発信している人は実は幸せな人ではない​。
何故なら本当に『幸せ』な人はその時点で満たされていてそれを外​へ向けて発信する必要がないからである。自慢したいからとか人に見せ付けてやりたいからという向きもある​だろうが”外”に目が向いている人が本当に”幸せ”だと言えるだ​ろうか?
見せ付ける、自慢するという時点に於いてそれは”幸せ”という物​の充分条件を満たしては居ない。
本当の”幸せ”は自らの心の中にある物である。


自らを『おかしい』とする人の殆どは『正常』であり自らを『正常​』と言い張る人の多くは『異常』である。
自らを『おかしい』と言える人は言える”目”を持っておりそれを​『異常』とすると全ての人が『異常』となる。
されど自らを『正常』と訴える人は訴えねばならぬ理由がある為訴​えているからです。
本当に『正常』ならばそれを訴える必要などないのだから。


頭ごなしに『あなたはおかしい』と言う人が居るが実はおかしいの​は発言者自身。
何故なら本当に相手が『おかしい』とするならば先ずその相違点を​先に話す筈。
更にそれらの改善点も示せて当然、だが大抵の場合頭ごなしに全否​定が殆ど。
それは最初に全否定する事で相手の機先を制し自らの論を押し通す​為。
そのような脆弱な論で”おかしい”とされても納得できる筈もない​。
我が元にはそんな”おかしい”人から”おかしい”と言われた”正​常”な人が多く門を叩く。
勿論その殆どは”正常”な人なので”正常である理由”を理路整然​と話しそれを”おかしい”とする人にも伝えるよう支持を出す。
大​抵”おかしい”と揶揄した方はそれ以降二度と”おかしい”とは言​われなくなるようだw

その⑫
依存症で尤も怖いのはお酒でも薬物でも買い物でも無く実は”人依存”である。
それが”モノ”である以上その”モノ”がなくなれば必然的に”依存対 象”が無い為、依存度は徐々に現象していく。
私自身”モノ”依存の場合は、”私自身”に依存させる事で、”依存対象であるモノ”から離す方向で依存症を治 療している。
だがこれが”人”となると一寸厄介、しかもこれは生死には全く関係ない。
生存されておられようが死別されておられようが対象が”人”である限 りそれへの”依存”は消え去る事は無い。
この場合は”依存対象から離す”方向ではなく”依存者自身の自信を付ける”事で自ら依存対象から離れるよう指示を している。
まぁ言うは易し行うは難しではあるのですが^^;。

2011年7月26日火曜日

騒音の心理学~或いは静寂の心理学~

嫌、 どっちやねんという突っ込みが入りそうですが上記の二つ一見全く逆のベクトルを向いているように見えますが実は同じ属性を持っています。

今の時期、夏休み となり多くのガ…もとい、お子様の元気な声で結構外は喧しく、又、田舎に行くと金魚屋や青竹売り等の宣伝カーが喧しくスピーカーで回っており休日の昼間の 安眠妨害をされ不機嫌となりし方も少なくないのでは?と思います。

ではそれと静寂が何故同じなのでしょう?
騒音と比べ静寂は読んで字の如く”静か”なので すから何の問題も無い筈。

所が実はこれが大きな落とし穴なのです。

人間が騒音を嫌う一番の理由を御存知でしょうか?それは”音が喧しいから”ではないのです、これを多くの方が誤解をされている。

人間が騒音を嫌う一番の理由は騒音により五感の内の聴覚を侵される為得られる情報が普段より減る事、それが一番の原因。

そして件の”静寂”も又、同じベクトルを向いているのです。

単なる”静かな状態”ではなく全くの”無音”状態というのは先の”騒音”と同じ”聴覚による情報収集”を行えない状態に有ります。
これは或る一定の期間までは大丈夫なのですがそれを超えると今度は”静けさ”が恐怖へと変わり”音”を求めるようになります。

特に暗闇等”五感情報”が少ない中では”音”が重要な情報源の一つとなる為、それを奪われる事は不安感を煽る事になります。

実際ある実験で完全に五感を奪い去る実験をやった所多くの被験者が1時間以上持たなかったという実験結果も出ています。

人間が受ける拷問の中で最もダメージがでかいのは実は痛苦ではなく”五感情報を奪う事”という事は意外と知られていない事実。

”身を守る術”が他の生物と比べ明らかに少ない人間にとって”危機回避”は”五感”に頼る所がとても大きいのです。

故にそれを”奪われる事”は”危機感の増大”となりそれは”お心を乱す一番の要因”となり得ます。

痛苦は五感が感じられる分だけまだ耐える事ができます、”常態化”となり”脳内麻薬”が分泌されれば痛苦すら感じなくなる。

されど”五感全てを奪い去る事”に対しては脳はその全てを脳内麻薬で補う事はできません。
故にその”不安感””恐怖心”たるや尋常ならざる物となり結果お心を”壊す”事となるのです。

良く電車の中でお子さんに親御さんが”静かにしなさい”と叱責をしている場面に出くわします。
特に新幹線指定席車内では他のお客様の御迷惑となる為、お子さんの必要以上の”騒ぎ”に対して親御さんが叱責をされます。

それ自体は間違った行為ではありません、お子さんを”躾ける”事は親御さんとして社会生活を教える正しい行いであります。

されど何故お子さんが車内で騒がれるのか?その理由を深く考えられる方は意外と少ない。

長時間の移動で同じ姿勢でしかも黙っている事はお子さんにとっては”苦痛”以外の何物でも有りません。
先に述べたとおり大人と比べまだ社会経験値が低いお子さんにとって”静寂”は”恐怖”以外の何物でもないのです。

それを紛らわす為態と騒いで”恐怖”から自らを逃避させようとしている行為であるという理解を是非理解してあげて欲しいのです。

子供が騒ぐのは当たり前、それが言わば”仕事”のような物。
私は余程の大声を出さぬ限りそういう行為には目を瞑ります。
するとその大人の”行為”を見てお子 さんもそれを学習しおとなしくなる場合も有ります(実際私の横でおとなしくしていた子も居た)。

頭ごなしに叱って黙らせる事は簡単です、されどそれが”ト ラウマ”となり大人となり”静寂恐怖症”となるケースも近年少なくは無い。

子供の未来を考えた時そういう事もどうか親御さんには御理解を賜りたいと切に願 います

2011年7月21日木曜日

ご縁の心理学~或いは結ぶ事と切る事の重さの心理学~

日本人程”縁”と言う物を重んじる種族も恐らく世界に類を見ないのではないかと思う。

神社へ行きお賽銭を上げる際、15円(十分ご縁が有ります様に)、45円(始終ご縁が有ります様に)を入れた人は少なくない筈。

又、縁結びや縁切りの神を奉る神社も日本各地に有り未だ盛況を極めているとは知人の或る縁結びの神様を祭る神主さんの弁。

『縁の下の力持ち』とか『縁側』とか『縁談』とか『縁』が付く言葉がとても多く日常会話の中に含まれている事からもそれが伺える。

私自身亡父が何より大切にしていた座右の銘『一期一会』を踏襲し私も又、座右の銘とし肝に銘じている。

私は一度縁を結びし人を裏切る事は決してしない、と同時に自ら縁を切ってきた者と再び縁を結ぶ事は無い。

過日我が同胞が”一時の迷い”で友録を解除、勿論その事は存じていたが一切それを口にする事はなかった。

再度申請を頂戴したがそれもシカト、同胞は”私が友録を解除したのも申請を出したのも先生は知らない”と私を罵った。

私はこう返した”私がそれを知らないとでも?冗談じゃない、毎日友録の数はチェック済、誰が抜けたかも直ぐ解るさ。されど私は自ら縁を切った者に声を掛けるような事はしない、同じく一度縁を切りし者を改めて”家族”とするつもりはない”と言い放ち関係を絶った。

私にとって”縁を結ぶ”とはとても重要な意味を持つ、それは亡父の昔経験せし苦い思い出が有る為だ。

亡父の親友が亡父を裏切り共同で仕事をした際の儲けを全て持ち逃げした。

当時会社はバブル崩壊の波をまともに食らいどこも下請け会社は生き残りを掛けて必死であった。
亡父の親友もその一人で社員を食わしていく為やむをえない措置であったであろう事は理解する。

だが親友である父を裏切り金を持ち逃げした挙句裁判を起こしても出廷せずは余りと言えば余りであった。

その後彼は病に倒れ父よりも早くこの世を去った、善因善果悪因悪果とは良く言った物だと当時の父は彼を見てそう言っていた。

今でこそ冷静にこうして記せるようになったが当時は傾きかけていた会社を何とか元に戻そうとした矢先の出来事故一家離散の危機に瀕していた。

一時は生活保護 を受けねばならなくなるかもという所まで追い込まれ生活は極貧となり食うや食わずの日々が続いた。

父の余りの人の良さに母は半ば呆れ父自身自分の甘さにほ とほと嫌気が差していたと思う。

されど私はそんな真直ぐな父を尊敬しそんな父の為懸命に家計をやりくりし支えた母を誇りに思う。

子供達三人も誰一人悪の道に走る事無く会社を支えんと一丸となりそれがより会社の結束力を高め難局を乗り切る事ができた。

残された従業員方々も給料を払えない月も有ったが今まで社長に受けたご恩を返したいと不平不満を言わず働いて下さった。

その時私は改めて父の子である事を誇りに思い何としても父の顔に泥を塗るような真似だけはすまいと心に決めた。

あれから既に20年以上が経過、既に父はこの世に無く父が残した会社も兄が代替わりとなり規模は随分と小さくなりしも、

未だ父の頃の御贔屓さんが仕事を持ってきてくれこの不況風が吹き荒れる中業績不振とならずに済んでいる。

それもこれも全ては父が”人と人との縁”を何よりも大切にし大事に思ってきたからであると思う。

地元では父の名を知らぬ者は無く又建築業界に於いても父の名を未だ覚えて下さっている方は少なくない。

皆、一様に”社長は素晴らしい人でした”と言って下さり何処へ行っても父の苦言を聞いた事は一度も無い。

社長職に有りながら誰に対しても頭を低くし礼を尽くし人に対する情けを誰よりも尊んだ人であった。
私のような未熟者が父の真似等出来る筈も無いが父の子としてこれからも人様に背を向けるような事だけはしたくないと思う。

何時か父の墓前に立った時、”成長したな”と言って貰える様これからも精進を重ねていく所存である。

2011年7月11日月曜日

意志を貫くという事~或いは唯一無二の心理学~

昨日FaceBook内に於いて友録さんのお一人を友録から外させて戴いた。
私に対する苦言ならば幾らでも我慢もしますし耐えもします。

事実FBで私を快く思わない人間が悪評を立てそれによりサークルを除名され
FB内に於けるトラブルメーカーとして名を連ねられていても私は構わない。

勿論それは我が不徳の致す所であり改むるべき所は改め、貫くべき所は何があっても貫き通します。
人から色々言われてその都度自分を変えていたら自分が無くなりますし”自分を持て”と普段指導している人がコロコロ自分を変えていたら説得力は有りません。

そこまで器用では有りませんしそれ自体私が望む所では有りません。

私は40年以上この”色”でやってきましたしこれからもこの”色”を変えるつもりは毛頭有りません。

100人の見知らぬ人がそれを”非”としてもたった1人の信用に足る人が”是”とするならば私はそれを貫きます。
逆に1000人の見知らぬ人が”是”としてもたった一人の大切な人が”非”とするならばわたしはそれを改めます。

昨日私が切った人は私の身内を侮辱せし方でした、私が毎回挙げし夕飯メニューの数が少ないと苦言を呈された。

その上で女房を叱れと申された、私はその言葉にキレそして友録から外させて戴いた。

メニューの数はその家々により可変的であり又、適当とする量も同じく家々によって違う筈。

自らの家のそれと較べて少なかったとしても逸れは家々の流儀であり逸れに口を出すは賢人のする事に非ず。

ましてその事に対して身内を叱責せよとは私にとっては言語道断であり許されざる事であります。
私と言う人物に会った事も無く我が家族の事を何も知らぬ者に讒言を賜るつもりは毛頭有りません。

その方を切った後、一気に10名近い方が私を友録から外されました、恐らくその方の息の掛かった方々かと…。
されど私は自らの行いを是とし非とするつもりは毛頭有りません。

閑話休題

同じ場面で私は同胞にも意思を貫く事を進言しそれを実行させています、それはその人の病を治す為に必要な事。
御心を患った方々はどうしても弱気となり正しい事に対しても人から否定されると逸れに流される傾向に有ります。

その結果どんどん疑心暗鬼が増えそれが病を更に悪化させる結果となります。

それを防ぐには自らの正しさを自らがちゃんと理解した上で何が有ってもそれを貫く強さを御与えする事が大切。

その為の後ろ盾が私であり何が有っても決して後ろに下がるな後ろには私が居る、必ず私が支えているからと励まし同胞を一歩前へ前進させます。

何故前進させるのか?前進させれば例え後ろに下がっても元の位置に戻るだけです。

されど元の位置で踏み止まらせたらその段階で下がったら又、マイナス方向へ思考がシフトします。

元々マイナスの土壌を持ち我が門を潜られたのですから何が何でもプラスの土壌にそれを変えねばなりません。

故に一歩乃至は数歩前へ同胞を出しそしてその後ろに私がデン!と大きく構えている訳です。

剣を振るうは本人のみ、されどその後方で私が援護射撃を行い、そして敵を撃退し己が正しさを証明するのです。

その事で同胞は”自信”と”自尊心”を取り戻し、”自分自身”を取り戻し社会へ復帰していくのです。

”私は私、世界でたった一人のかけがえの無い存在”という事をこれからも私は同胞へ説いていきたいと願います。

2011年7月6日水曜日

電子書籍『或る進学者の心理学ファイル0001~災害症候群(ディザスターズシンドローム)篇』刊行

弊社『ASSF』のショッピングカートにて瀬木良介初の電子書籍『或る進学者の心理学ファイル0001~災害症候群(ディザスターズシンドローム)篇』刊行の運びとなりました。

此処で一言お詫びを申し上げます<(_ _)>

当初はPDF化しより多くの方に見て頂こうと昨夜からずっと作業をして参りましたがどうしても限界アップロードファイルサイズ範囲内に見たず断腸の思いなれどワードファイルのままアップロードさせて戴く事となりました事深くお詫びを申し上げます。

次回刊行物に関しては何とかPDF化出来るよう頑張ります。

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