2010年12月19日日曜日

誤認の心理学~或いは容認の心理学~

題名は厳ついですが内容は何時ものように緩々です
(何せ書いている人間が超ゆるゆる人間ですから^^;)。

題名の例で一番顕著な例は『醜形恐怖症』がその類に当てはまります。

大抵『醜形恐怖症』に陥る人の多くは『醜形』では無いと言う事実。
大抵『醜形恐怖症』に陥る人の多くは『美形』であるという事実。

ですが余りに『美形』過ぎ『美形で無い方々』により幼少期より『美形ではない』という刷り込みをされている人達。

それが『醜形恐怖症』に悩む同胞たちです。

彼ら・彼女らは頑なに自らが『美しい存在』である事を拒みます、それは過去のトラウマが原因です。
綺麗であれば有る程その傾向は強く、幾ら”綺麗だ”と言っても左右に激しく頭を振ります。

ならばどうするか?一旦彼ら・彼女らの意見を『容認』するのです。
彼ら・彼女らの周りに居る人たち(家族や御味方)は勿論”綺麗”だとか”カッコイイ”とか言います(其れが事実だから)

ですが彼ら・彼女らの目には”真実”が映らない。
それは過去何年間にも渡り”刷り込み”で植えつけられた”醜い”という悪い言葉の種のせいです。

なれば逆刷り込みでそれらを除去してしまえばいい。

私は彼ら・彼女らの意見を一旦は受け入れます。
”うんうん、確かに美しくないよね、○○さんや○○君程にはね。でもさ、ああいう商業的な美しさをアナタは求めてるの? 商業第一主義で商品価値としての価値は高いけど人間的価値の無い存在を求めているの?だとしたら随分つまらない人だね、そして勿体無い人だ”と。

相手は一旦は自らの意見が認められるもその後全否定される事に深い衝撃を覚えます。
これこそが私が狙う”ディストラクション”つまり”悪い土壌の破壊”です。

専門家の先生が”つまらない人”だといった。ならばその”つまらない人”は本当だ。でも私はそんなつまらない人にはなりたくない。醜くて更につまらない人なんて最悪じゃないか”と言う風に心を持っていくのです。

そうなれば”つまらない人じゃない人”を目指せばいい、そして彼ら・彼女らの心に”美の種”を植え付けるのです。

何の事は無い”事実”を見せれば良いだけの話。但し”段階的に”に。

一度に見せてもどうせ又全否定に走るのです、でも徐々に見せて行き”美しくなる過程”を見せていけば抵抗感は少なく容認度も増していきます。

そうして長い時間を掛けて我々は”醜形恐怖症”を完治まで導いていくのです。

完治した後の彼ら・彼女らは一人の例外も無く言います。
”私をここまで綺麗にして下さったのは他の誰でもない先生。本当に有難うと”。

私は返します。
”いいえ、アナタを此処まで美しくしたのは私ではなくアナタ自身です。アナタ自身がアナタの中に眠る”美の種”を発芽させ育てそして”美しさの花”を咲かせた。私はその土壌作りをしたに過ぎません。本当に賞賛を得るべきはアナタです”と。

そうして彼ら・彼女らは来た時とは全く見違えるほど威風堂々として我が門を颯爽と去っていかれるのです^^v

2010年12月17日金曜日

『選択の心理学〜或いは三者三様の心理学』

二者択一を迫られた時貴方ならどうしますか? 

どちらかをえらびますか?

そのどちらももし望まない物だったら?
それでも尚貴方は二者択一の内の一つを選びますか?

私なら"選ばない"という選択をします、つまり第三の選択肢。

二者択一を迫られた時選択肢が二つしかないと人は思いがちです。
ですが実際は"選ばない"と言う選択肢も実は隠されて居るのです。

つまり第三の選択肢。

それには勿論大きなリスクを背負います、時として生命線を立たれる事も有るでしょう。
それでも尚第三の選択肢が有ると言う事を常念頭に置いておく。

それが心に余裕を作り二者択一の焦りを解消してくれるのです。

閑話休題

選択をする際悩むと思います、誰しもそうでしょう、私もそうです。
だが悩むと言う行為自体が既に解決へ進んで居ると言う事を中々人は気づかない。

本気で悩んだ時、八方塞がりの際人は"考える"と言う事をしません。 所謂思考停止状態です。何も考えが浮かばない思考が進まない状態を示します。

しかし"悩む"と言う事は問題解決の為に思考が進行して居るという証拠。思考が止まらない限り解決へ必ず向かって居るのです。

それが例え遠回りになったとしても"悩んで居ると言う事は問題解決に向かって進んでいる"と言う事を常意識して見て下さい。

そう思うと其処に必ず一筋の光明が必ず見えて来ますから。
諦めないで悩み続ける、それこそが問題解決の最良の道なのです。

2010年12月14日火曜日

祝!交際8年目(笑)

誠に僭越且つ私事ながら今日本日を持ちまして交際8年目を迎えられました。

これも偏に我々をかげながら応援し見守ってくださった皆様のお陰
心より感謝致します<(_ _)>

普通のカップルが過ごしてきたであろう8年とは恐らく違った8年を過ごしてきたと自負しています。
沢山泣きました沢山怒りました沢山笑いました沢山喜びました…全てが大切な大切な宝です。

これからも色々と艱難辛苦が待ち構えている事は容易に想像ができます。
ですがこの二人ならどんな艱難辛苦が待ち構えていようが乗り越えられる自信が有ります。

いよいよ来年は挙式へ向け動き出します<(_ _)>

まだまだ不束者の二人ではございますが二人三脚で頑張って参りま
す。
...どうぞこれからも今まで以上のご厚情を賜りたく温かく見守ってやって下さい。

2010年12月10日金曜日

真心が支える人の縁(えにし)

郵政民営化となり随分時が立った。

民営化を自らの政治生命を賭け断行した時の総理は既に政界を去り後に続く者達も次々と総理の職を途中放棄した(私には試合放棄をしたとしかどうしてもみえない。)

しかしそれでも郵政民営化事業はその実りを徐々に付けつつあるようだ。

過日当日記でも土砂降りの中博多駅前郵便局からびしょ濡れになって博多駅に戻った旨は既にこちらでも寄稿させて戴いた。

今日はその後日談。

その郵便局へお金を下ろしに行った時の事。
窓口に居られた案内係の方が『先日は大変な雨でしたが大丈夫でございましたか?あの後案じておりました』と申して下さいました。

既に数週間も前の事。

私の方が失念していた程である。
その心配りが堪らなく嬉しかったです。

別ブログで土砂降りの時のそしてそれ以前からの博多駅前郵便局の接客の妙については書かせて戴いておりその旨案内係の局員さんにお伝え申し上げた。
こういう事はきちんとお伝えした方がより励みになると考えた為だ。
すると近くに局長様が居られご挨拶に来られた。
とても満足げなしかしちょっとはにかんだような笑顔はまるで少年の顔その物であった。

真心が伝わる瞬間であった。

その後無事に仕事を済ませ散髪前に先ず腹ごしらえと福岡天神三越5階に有るキハチカフェへ。
(本来ならば仕事をする前に散髪はする物だが地図ルート上からだとやむをえない措置であった)

キハチカフェは博多へ来る際必ず立ち寄る私のお気に入りのお店。
キハチカフェは九州にもう一店舗小倉にもありこちらも私たちは常連である。

店長以下スタッフのきめ細やかで痒い所に行き届くサービスは東京にある本店以上。

今日も三越誕生祭スペシャルプレートを注文するも中に茸のスープが^^;

秋と言えば松茸を始めとする茸のシーズン。
メニューにあって当然ですが私は残念ながら茸は食べられません( p_q)エ-ン

故に詫びながら残させて頂きました。

当然残すのは此方の身勝手であり店側に否などあろう筈もありません。
しかし店長が飛んできて何と季節のフルーツsherbetにチェンジして下さったのです。

しかも会計時”気づかなくて済みません”と一礼をされました。

正に感激の一語です。

このきめ細やかなサービスがあればこそ名店の名を轟かせて居るのだと改めて痛感した次第。
何時来ても満席に近いのも頷けます。

その後は三越へ移動。

此処でも以前三越店の事ではないお店の事をお尋ねした際嫌な顔一つせず一生懸命インターネットまで使ってお調べ下さった私にとっては博多天神三越イチオシの受付嬢が居られた。

礼には礼を以て接すべしが亡父の教え。

例えそれが職務上の事だとしても礼にはきちんと返すが常道。
故にその件があった数日後御菓子箱を携えお礼に参りました。

その事があったからか?それとも元々なのか?それ以降も会う度に色々お話をさせて戴いている。
既に受付嬢とお客と言う立場を越え半分お友達感覚になっている^^;

昨日も我が愛方より贈呈されし帽子とサングラス(帽子はバーバリー、サングラスはコーチ)を絶賛。
折角彼女から戴いた物を腐されたのでは気分が悪いが褒められれば面映い^^;

恐縮しながらも得意満面で店を後にする事が出来た。

こういう決め細やかなサービスを出来るか否か?それは何も接客業に限った事ではない。
我々医療従事者にも同じ事が言える。

”病気を治してやる”ではなく”病気を治させて戴く”という精神なくして医療は成り立たない。
ふんぞり返って上目遣いに物を言う医者に私は絶対自らの体を診て欲しくない。

優しい笑顔で腰を屈めて一生懸命診てくれる医者の下へ私は行きたい。
私自身がそう思うのだからきっと他の患者さんも同じように考えておられると私は思う。

自信と過信は違う。

自信の無い医者は嫌だが自意識過剰な天狗医者はもっと嫌である。
私も医療従事者として慢心だけはすまいと常自らを鑑みている。

何事に於いても真心に勝る物は無いと思う…。

『お疲れ様です』という挨拶の持つ威力~或いは声掛けの心理学~

過日博多へ行った時の事。

飲食店店主と思しき方が荷物を荷台に乗せ運んでおられた。
すれ違い様”お疲れ様です”と言われた。

いきなりの事で躊躇したが咄嗟に『お、お疲れ様です』としどろもどろに応えた^^;

そのちょっと少し前。

丁度夏の盛りで暑さ最高潮で天神で待つ同胞の元へ急いでいた時の事。
先に述べた方とは別の方(この方も飲食店主のような出で立ちでしたが)がいきなり、
『お疲れ様です、押させて戴きます』と親切に坂を登りきるまで車椅子を押してくださった。

恐らく私の顔が相当しんどそうにみえたのだろう^^;
だがその親切が私にはとても嬉しかった。

私の仕事は電車を良く利用する。
週の内、殆どは電車か新幹線の移動である、年の内数回は飛行機も利用する。

駅構内には駅員さん始め売店の方、荷物を卸したりする方など実に様々な方が居られる。
私はその人一人一人に会う度に『お疲れ様です』と声を掛けた。

過日自分が味わった心地よさを他の方々にも味わって欲しかったのだ。
最初は相手も私を知らぬ人であるので軽く会釈だけで返してくる、そりゃあ当然の事だ。

だが回数を重ねてくると相手も私の顔を覚えてくれ段々と訝しげな表情が笑顔へと変わってくる。
過日地元の新幹線口から在来線へ向かう陸橋を渡る前何時ものように駅の関係者へ挨拶をした。

するとその中の構内の工事担当のお兄さんが陸橋を車椅子を押して渡して下さった。
この日も夏の暑い盛りでお兄さんはタオルを頭に巻いて汗だくの状態であった。

自分の身すら持て余す状態であったのに笑顔で押してくださった事がとても嬉しかった。
帰り際『頑張って下さいね』という一言がその日一日の私の活力源となった。

今も私は会う人ごとに『お疲れ様です』という挨拶を続けている。
何処かで会った誰かが私が感じた心地よさを感じそれを繋げてくれればとても嬉しい。

そう思う今日この頃である。

上をむいて歩こう!

ブラックマンデーの再来と呼び声高い世界的恐慌の渦に巻き込まれている国、日本。
第三次オイルショックから始まる物価高、凶悪犯罪の多発、詐欺事件の手口の巧妙さの向上などなど…。
右を見ても左を見ても誰もが泥棒や強盗に見え誰を信じてよいのか解らないと言うご時世。
隙を見せれば一瞬にして有り金全てを持っていかれかねない状況です。
しかしそんな時だからこそ尚”上をむいて歩こう!”と私は思います。
皆さん下ばかり向いて”どっかに小銭でも落ちてないかな”と探しているようですが早々見付かる物じゃなし。
ならば上を向いて流れ行く雲をじっと見つめ未来の自分に夢を馳せる方が建設的じゃないですか。
過去は誰にも変えられない、でも未来は自分の手で変える事が出来る。
誰にも自分の未来は渡さない、自分の未来は自分自身で切り開く。
私は20年間ずっとその事を多くの人に説いて来ました。
貴方の人生を人に委ねてどうするの?親や兄弟や先生や友人に委ねてどうするの?
貴方が貴方として生きる一生はこれっきりなんだよ?例え輪廻転生してもこの体で又戻る事は無い。
この体でこの時代に生きた証を立てるべき人がその証を人に立ててもらってちゃ駄目でしょ?
それじゃあその人の生きた証のいわば貴方は代行者乃至は代弁者になっちゃうじゃない。
貴方は貴方を生きるべきだ、他の誰でもないオリジナルの貴方を生きるべきだとずっと説いてます。
と、同時にそれは私自身にも当てはまる事でもあります。
肩書きだけを見れば私も”先生”と呼ばれる職業の人です。
あっちへ行ってもこっちへ行っても”先生”と呼ばれる毎日。
しかし私は私。先生でも教授でもお医者様でもありません。
私は私と言うオリジナル、それを私自身38年間ずっと貫き通して居ます。
時に人とぶつかり時に人を傷つけてしまう事もあります。
それでも尚私は”私である!”という事をやめるつもりはありません。
何故ならば多くの同胞はそんな”私が私で居る私という存在”を見てついてきてくれているから。
私が私と言う存在を主張せず誰かに迎合し誰かの後ろについていく人だったら誰が私に従いますか?
誰が私の言に耳を傾けようとしますか?どうせ奴も朱に交われば赤くなるだけじゃんと言われるだけ。
私はそんな人生だけは送りたくありません。
そんな人生を送るなら未だ自ら死を選んだ方がマシです。
勿論”私色”を貫く事は簡単じゃ在りません。
常、孤独と闘い、違う色を持つ人とぶつかる事もあります。
でもその中で全く異なる”色”を持つ人と出会い”交じり合い””新たな色”を作る事もある。
今の私の愛方が正にそうでした。
全く私とは全てに於いて双璧をなす人でした。
恐らく一生交わらなくても問題は無い筈の人でした。
でも我々は出会いそして互いの色を交わらせ合った。
その結果二人が思いもよらなかった”新しい色”が出来ました。
その色は赤や黄色や青といった固定色ではなく日々その色を変化させていきます。
昨日は赤だったものが今日はもう青となり、夕べには緑に変色するような色。
人が人と交わるという事は”色の数を増やしそのバリエーションを増やす事”だと私は思います。
ならばなるべく”同系色”ではなく”異色”な人と交わった方が面白いじゃないですか。
大抵私と出会った人はこういいます。
”貴方は実に面白い人だ”と…。
でも楽しくなければ生きている意味は無いですし楽しく出来るからこそ人の心も楽しく出来る。
私は私が常楽しめる空間を作りその中に同胞や愛方や多くの人を住まわせたいと思っています。
上を向いて歩いていこうじゃないですか!たった一度きりの人生なんですもの。

風見鶏にはなりたくない…

嘗てロンヤスという呼び名でお互いを呼び合っていた中曽根康弘元・総理大臣とロナルド・レーガン元大統領時代、諸外国は中曽根氏の態度を見て”風見鶏”と揶揄していた。

アメリカの言う通りで右を向けば右、左を向けば左、日本人としての誇りも何も無い総理だと…。
私の周りにも、というか日本人気質というべきかそういう人はとても多い。

私はフェミニズムを大学時代専攻していた為女性学についてはある程度の知識を有している。
私がセラピストとして活動をして行く上でフェミニズムを学べた事はとても大きな意義を持っている。

もし私が女性学を学ばなければ今よりもっと男性寄りの意見を持つ人になっていたかもしれない。
一部の女性からはフェミニストと言われるがそれは大学時代フェミニズムを学んだ事が大きい。

日本に於ける女性の地位向上について声高に叫ぶ方々がいる。

上野千鶴子女史を筆頭に日本のフェミニズムの草分けたる研究者方々は皆口々に女性の社会進出向上について延べられている。

雇用問題のみに言及すればそして雇用条件を無視すれば女性の方が雇用状況は男性よりも遥かに良いと言われている日本である。

しかし結局は世間体や収入面そして何より健康面で選択肢を選べば男性雇用よりも遥かに雇用率は下がる。まだまだ日本が女性にとって”優しい国”ではない事を如実に物語っているだろう。

故に我が同胞に女性が多いと言う事も或る意味当然といえば当然の結果なのかもしれない。
セクハラやパワハラなどまだまだ社会的に女性が被害者となるケースがとても多い。

痴漢被害についてもそうである。

最近は冤罪事件が幅を利かせ、本当に痴漢被害に遭っているにも係らず女性が無職で男性が管理職だと、冤罪事件として扱われるケースも少なくない。
酷いケースとなると逆に侮辱罪で訴えられるケースもある程だ。

私はそういう社会的権力を傘に横暴を振るう人間を断固許さない。
確固たる証拠を集め警察署へ後輩を通じて提出、逆転勝訴させたケースは決して少なくない。

あるケースもそうだった。

部内ではとても優しい上司で女性職員の受けも良くとても面倒見の良い上司が居た。
筋道をちゃんと通す人で男性職員による女性職員の差別にも対応してくれる良い上司だった。

偶々同じ部内の女性職員とその上司の上役そしてその上司の三人が同じ車両に乗り合わせた。
上役は早くからその女性職員に目をつけ狙っていたが全く女性職員は意に介さない様子。

それを面白く思わない上役は女性に満員電車で在る事を良い事に痴漢しまくったという。
勿論女性も只黙って居る訳じゃない、次の駅で降り上役を痴漢で訴えたのだ。

当然、証人として彼女の直属の上司も呼ばれた、その場に同席していたのだから当然である。
しかし上司は知らぬ存ぜぬの一点張りで全く彼女の味方にはなってくれなかった。

そして帰り際に一言”私にも生活があり家族もある、解ってくれ…”と…彼女はそこで全てを悟った。

彼女は上司以外の目撃証言を集めた。幸い違う部署だが同じ電車に乗り合わせた男性がいた。
上役は圧力を掛け証言もみ消しに掛ったが男性職員はその圧力に屈する事無く証言台に立った。

そして事細かに仔細を語りそれが決定打となり上役は痴漢の罪で刑に服することとなった。
帰り際、男性は女性に深々と頭を下げたと言う。

”あの時もしも私が声を掛け痴漢を止めさせていたらこんな嫌な思いを貴女にさせる事は無かった。
僕も怖かったんだ、今の生活を失う事が…でも、解った。人間には失っちゃ行けない物があるんだってだから証言台に立った。明日俺は会社に辞表を提出するよ”と…。

だが彼の上司はその辞表を受理する事は無かった、それより不正を正した彼を褒め称えてくれた。
彼の英断により会社の評判も上がり売れ行きも上がった、その後彼は見事昇進まで果したのだ。

もし彼が彼女の上司のように風見鶏で右向けば右左向けば左の人ならこんな事にはならなかっただろう。彼が”ぶれない心”の持ち主であったからこそ彼自身の後の成功にも繋がったのだと思う。

私の周りには周囲の意見に流されコロコロと意見を変える人がいる。
昨日まで赤だと言っていた人が突如嫌、やはり青でしたという人はとても多い。

正直頭を抱えるばかりだがそういう人は私の周り意外にも少なくないと聞く。
私は青い物は青だというし赤い物は赤だと言う、赤い物を青いというつもりは毛頭無い。

TPOによって言葉や態度を変える事は大切だとは思うがそれもやはり時と場合に限る。

今まで私側についていた人がある時一寸した仲違いでいきなり敵陣営に寝返るケースもままある。
日和見主義の際たる物だが私はそういう人間を信用はしないし交流を持ちたいとも思わない。

幸いそういう方は私とは反りが合わないらしく向こうの方から立ち去ってくれるケースが殆どである。
過日もそういう風見鶏というか日和見主義者の方から讒言を頂戴しそして去っていかれた。

正直周囲の受けもすこぶる悪く私の周りの方々は氏と友好関係を結ぶ事に反対の姿勢を持っていた。だが私にとって氏は学ぶべき所がとても多く又人生の先輩として尊敬できる部分も沢山あった。

向こうから距離を置かれる事が無ければ恐らく一生このまま友好関係は結べていたと思う。
だが相手は私から距離を置かれそして周囲はその事にとても喜びを見出している。

恐らく氏と私が今後歩み寄ると言う可能性はゼロではない物の互いの周囲の状況を考えてみても大変困難と思う。その困難を乗り越えるほどの物をお互いが見出せれば又話は別なのだが…。

私はブレない、嫌、職業柄ブレては行けない立場に私は居る。
昨日は赤、今日は青、明日は白という人間を誰が信用できるだろう。

我が同胞は私のこの”頑固一徹さが好き”だと言ってくれているし私も彼らと同意見である。
時に頑固を貫く事はとても苦しいし辛い事だが私はこれからも頑固一徹は貫いていきたいと思う。

それが”私と言う一個の人間”であるという事の証だからである

何気ない一言が人の心を潤す…

人の心という物に向き合って20年余り。
私自身、同胞から”名言メーカー”という異名を頂戴している。

だが、それは取りも直さず私の周囲に居る方々のお陰である。
彼ら・彼女らの”何気ない一言”が私の心を潤し元気にし、明日への活力を与えてくれる。

以前もそんな一言に出会った。

いつも私が仕事で利用させて貰っている山口線。
行き帰りは殆ど毎日元・坂本駅長(現・厚狭駅長)御自らお出迎え下さり、言葉を交わして下さった。

中々駅長職にまで上り詰めた者が気軽に乗客と接すると言う事は少ない。
もう一つの駅である新山口の元・駅長なんざ殆ど駅構内でその姿を見かけたことは無い。

偶に電話の応対に出られるがそれ以外構内で彼の姿を見かける事は稀である。
前々の駅長は良く構内で見掛け多くの乗客の方と触れ合っておいでであった。

この辺り人柄という物が現れるものだ。

閑話休題

何時もの様に駅に降り立ち何時もの様に駅から新山口へ帰る際の出来事。
何時も明日の利用時間と利用号車をお伝えして私は帰宅するようにしている。

なるべく皆様方のお手間を取らせたくない私なりの配慮である。
不必要なときにわざわざお手配戴くのは気の毒だからである。

今週は連休中山口線の利用は無い、その旨駅長さんに申し出た。
すると駅長さんがこのように申された。

”先生、駄目ですよ、先生のお顔を拝見出来ないと寂しいじゃないですか”と…。

勿論それが”お上手”である事は先刻承知である、それを額面通りに受取る程私は馬鹿じゃない。
だが、それでも”そのたった一言”が私の疲れた心を癒しそして明日への活力を与えてくれた。

もう一人、私の心に潤いを与えてくれた人が居る。
既に此処でも御馴染みとなった我が愛方の一言である。

彼女は本当に”名言メーカー”として実は名高い人物である。

私が今の彼女と一生添い遂げようとした理由の一つに彼女が発した何気ない一言がある。

”殿は足が悪いから車椅子に乗っている、私は目が悪いからコンタクトをしている。
其処に何の違いがあるの?皆同じじゃない?”と…。

言われて見れば至極当然の話だがその一言が普通中々出てこない。
この一言が我々一家が彼女を我が家に迎え入れようと決めた瞬間であった。

そして今日も彼女は私に名言を吐いてくれた。

既知の通り去年5月、最愛の夫を亡くして今、母は独り身である。
勿論実質的長男である私は母の老後の面倒を見る事は決めていた。

だが、そうなれば当然妻となるべき愛方の負担は確実に増える。
私自身の世話に加えて、母の事も加わるのだ、そりゃあ大変さは想像を絶する。

私の個人的感情と愛方の気持ちとは又別物、私はそう考えていた。
だが…愛方は事も無げにこういった。

”私はお母様を老人ホームになんて絶対入れない、我が家はおばあちゃんも老人ホームに
入れず家でちゃんと面倒を見ている。まして殿(私の呼称)のお母様を老人ホームに入れるなんて私は考えていない。新婚生活が済んだら即同居して色々と教えて貰いたい”と。

中々普通に出る言葉ではない。

大抵姑との同居を嫌がる人が多い中、自らが進んで同居を申し出てくれた事は歓喜極まり無い。

私が愛方を我が一生の妻として迎えた事が本当に間違って居なかったと改めて確信した瞬間であった。

そんな多くの方々の”何気ない一言”が今日も私を生かしてくれている。
本当にありがたいと思っている。

人の上に立つと言う事…

丁度というか運良くというか図らずも私が書き込もうとしていた内容が私を此処へ導いて下さった方のブログネタとクロスリンクしていたので併せて此処へ書かせて頂く。

少し前の話。5月の大型連休我々は人ごみを避け遠出せず地元の近場へ出掛けて行った。
今までならば福岡や広島方面へ足を伸ばす所だが愛方も三日間の東京見物でお疲れ気味、
私も博多と小倉の往復が続き一寸お疲れモードだったのでお互いの意見が一致した。

幸いにして地元でビーズ展を開催されていたり、リニューアルしたショッピングセンターへ
足を運んでレストランで食事を頂戴しながらタンゴの生演奏を満喫したりと安値でプチセレブな気分を味わえ且つ色々な新鮮な体験をさせて戴いた。

今日は御互い明日からの仕事に備えお互いの自宅にて英気を養っている。
この数日間、私鉄を随分と使わせて頂いた。

防府、小野田、厚狭と生憎県内ばかりだが私鉄を乗り継ぎさせて戴いた。
何処の駅でも大変丁寧且つ親切な対応をして戴き有難い限りである。

防府駅の駅長と小野田駅の駅員さんは知古の仲であり彼ら・彼女らが新山口で勤務されておられる頃から随分と懇意にさせて戴いた。

又、厚狭駅の窓口業務の女性駅員さんは今回初めてお会いしたが発券時よりとても素敵な対応を戴き、ホームへ上がる際のご配慮も戴いた。
新幹線が発車して出るまでずっと頭を下げられとても気持ちのよい旅をする事が出来た。
(余談だが松下奈緒似の超美人であった事も得点高し(笑))

何処の駅も駅長さんがとてもしっかりとした方でやはり人の上に立つ者がきちんとした人の元の駅員さんはとてもしっかりされておられるなと確信した。

仕事柄新幹線をとても良く利用させて戴いている。
週の内、移動は殆ど新幹線である、定期券を買いたい程に^^;。

新幹線が止まる駅で唯一エレベーターが無いのは我が地元新山口駅のみ(笑)
他の全ての駅にはエレベーター・エスカレーター完備で甚だお恥ずかしい限りである。

J西の株主として進言は常しているのだが中々県の予算の関係で設置は難しいとの見解。
毎回サポートの駅員さんのお手間を取らせる事は甚だ遺憾に覚える。

今まで新幹線が止まる駅のワースト1は広島駅だった、数年前までは…。
駅員の態度及び設備面でも不満が多く、国鉄時代の傲慢さがとても鼻についていた。

しかし数年前に駅長が代われてから内部の意識改革をされそれからは様相が一変した。
駅員の態度も変わりお客第一主義を貫かれとても気持ちのよい駅として生まれ変わった。

防府駅も嘗ては国鉄時代の悪い因習の残る傲慢な所であった。
しかし、現・駅長に代わりこちらも駅員の再教育がなされた結果とても気持ちの良い駅として生まれ変わった。

今では週1で買物へ行く程防府駅の利用度は増した。

首尾一貫した徹底主義で定評があるのが山口駅と博多駅及び小倉駅の方々。
特に山口駅の方々は駅長以下駅員方々の教育が徹底されていて気持ちが良い。

又、新幹線が止まる駅の駅員さんの態度も私にはとても心地の良い物であった。
京都と新神戸は各二回、新大阪へは数回訪れたが何れもとても気持の良い物であった。

東京駅や名古屋は言うに及ばずである、流石日本の玄関口だけあって応対は完璧である。

やはり一様に上がしっかりとした人格者の下の駅員さんはとても教育が行き届いている。

人の上に立つと言う事…この重みを上に立つ者はしっかりと認識して欲しいと思う。
只、成績が良いから、上へのごますりが上手いからだけで上に立って欲しくは無い。

そうやって上に立たれるのは結構だが下の者がその分苦労する事をご理解戴きたい。
私も嘗てそんな”上に立つべき人ではない人の下”に居た事がある人間である。

上の尻拭いは全部下に任せ、下の功績は全て自分の功績として上へ進言。
上へは謙り下へは威張り散らす…多くの者がその会社を辞め私もそれに従った。

数年後その人は会社の金を横領し逮捕、程なくしてその会社は倒産した。
やはり上がしっかりしていない会社の末路はこんな物かと今更ながら嘆く始末。

私も人の上に立つ職業ではないが人を導く仕事に長く就いている。
どうしても長く引率者役を務めると傲慢になったり鼻っ柱を高くして仕舞いがちになる。

だが幸い私の周りには我が傲慢さを諌め、高すぎる鼻っ柱をへし折ってくれる人が居る。
その方々のお陰もあって今も多くの同胞を引っ張れる人で居られる。

やはり常”自戒出来る人”でありたいと常願う物である。

公共性と利便性の狭間で…

先日より新聞各紙で賑せております某大手航空会社の公的資金導入問題。
幸いあの会社の飛行機はフライト時間の問題で利用した事は有りません。

ですがもう一つの路線は年間何度か利用するのであちらがそうなってしまったら一寸痛い。

我が地元の空港は一つ、昔は東京以外にも便を出していたが年々利用客が減り今は国内は東京便のみ。
それでも年数回東京へ行く用事の有る私から言わせて貰えば有り難い限りである(便数の少なさには若干不満は残るが…)。


この空港から出る東京便が無くなると一番近い空港は福岡空港という事になる。
そうなると先ず福岡まで新幹線で出て更に地下鉄で福岡空港まで行ってそれから東京へという事となり、飛行機代以外にもかなりの出費を強いられる。

地元の空港を利用するだけでもタクシーを使って30分以上行かねば空港へは着かない。
毎回空港までの交通代だけで10000円の出費は正直かなり痛い。

空港に近い最寄り駅も有るには有るのだが何せ本数が少ない為かなり時間的制約を受ける。
又最寄り駅とは言っても実際はかなり距離が有り相当歩かねばならない。

まだ空港が有るだけ有り難いと言われればそれまでだが利便性を考えると少し疑問を覚える事も確か。

今、某国際空港のハブ化問題で国土交通省と地元そして某府県との間で虚虚実実の攻防が展開されていてどうなるのか?注目をしてみている。

確かに国際空港のハブ化も国の発展の為には必要な事だと思う。
しかし国力を上げる為には地方力を上げる事も又大切な事ではないか?と私は考える。

その為にも地方の路線減便には私は反対の姿勢を持っている。
寧ろ地方を増便する方が利用客が増えるのではないか?と考える。

そうすれば地方色をもっともっと各地域も明確化しお客を呼べるのでは?と思う。
日本の政府は何時も後手後手に回って何か事が起こってからそれに対して対策を講じるケースが多い。

しかし事が起こってからでは遅いケースもままある。
やはり中央政府には”先見性”をもう少し見て考えて戴きたいと思う。

公共性と成熟性

私は計5つのブログを今管理しているが実質此処以外の所は最近若干なおざりとなっている^^;

それにはそれなりの理由がある。

実はヤフーブログに関しては以前某ネトゲの奮戦記を副ギルドマスターとしてアップしていた事が有りブロガーとしてはmixiよりもyahoo!blogの方が長かったりする。

当然その頃から顔見知りの方も友録さんには何人か居られこちらの方が私としては古巣という感じがする。

だが尤も大きな理由は”成熟性”に有る。

過日此処で『maron revolution』という題で博多は天神三越にある『キハチカフェ』のマロンデザートについて記事にさせて戴いた事は未だ皆様の記憶にはそう遠くない事と思います。

勿論mixiの方にも同じ日記を挙げさせて頂いたのだが其処で一寸不愉快な気分に合った。
私が”絶賛”している物にケチを付けられ”そんなに美味くないよね”と面と向かって書かれたのだ。

ブログとは公共性の高い物で有り全体公開の記事に関しては多くの方々がご覧になられている。
まして個人の嗜好性について意見を述べる事は結構だが全否定される事は甚だ不愉快極まりない。

その方とはつい最近こちらでいう所の友録さんとなった方だがKYな発言はメッセでも目立っていた。
知り合って間もない人を”馬鹿”呼ばわりするのは流石に如何な物だろうか…。

その方は地方で長く習字の先生をされておられ多くの生徒さんを抱えておられるという。
地元では知名度も有り又、ご本人曰く”神のご加護”を頂戴している方との事。

だが、人の意見を全否定し見ず知らずの他人を”馬鹿”呼ばわりする人を本当に神が守護なさるのか?一霊能者としてはこれも甚だ疑問である。

私のヤフーブログ内の友録さんの中にも嘗てそういう方が数名居られた。
だがやはりというか当然の結果と言うかそういう方とは疎遠となり友録もあちらから外して戴いた。

今居られる友録さんは”家族”と言って憚らない程私の自慢の”宝石”方々ばかりである。
良識を持ち深い見識と洞察力で適切なコメント下さる、賢者揃いである。

我ながら此処まで素晴らしい方々が私のような浅学菲才な者の元へ集まって下さった事は歓喜の念に耐え得ずこれからも色々とご指導ご鞭撻を賜りながら日々皆様と共に成長していければと思っている次第。

人の死を商売にするという事~或いは私的死生観~

作家の井上ひさし氏が亡くなられた。

同時に地元の本屋の店頭に氏の作品が並べられ『井上ひさしフェア』が開催された。
店頭ではチャラ男が彼女に『井上ひさしってさ~』等とTVや雑誌などで書かれているような知識をひけらかし馬鹿な女は『へぇ、すご~い』などと会話をしている場面などを見るとかる~い殺意を覚えたりもする。

私は井上ひさしファンでもなければ氏の作品を語れるほど氏の作品を読んで居る訳ではない。
せいぜい氏の戯曲を何作か読ませて頂いた程度であり氏の答弁をTVで数度見た位である。

いかにも作家然とした氏の生き方を賞賛する人も居れば揶揄する人も居る。
私はどちらかと言うと後者の方で余り氏の生き様を真似てみようとは思わない。

作家という存在はとても孤独な作業の繰り返しであり自己が強くないと出来ない仕事であると思っている。

故・星 新一氏がショート・ショート1篇を編むだけでも何週間も部屋に篭もり眠れぬ日々を送った事が有るとエッセイで書かれていて氏の作品を誰も真似出来ない真の理由を其処に見た気がした。

或る作家が星作品のあとがきを書かれておられたがその作家も一見すると星文学は平易な文章で枚数も少なく誰にでも書けるような錯覚を起こさせるが実際に執筆してみるとあの短い枚数の中で起承転結を付け且つしっかりとブラックなオチまで用意するという事が如何に大変で難しいことかが解ると申されていた。

嘗て私も小説家を志していた時期が有り星文学を真似た事もある。
今から思えば若気の至りといおうか随分無謀な挑戦をした物だと失笑の極である。

閑話休題

日本人は兎角有名人が亡くなると直ぐ商品化しもうけ主義に走ろうとする。

亡父が亡くなった時も誰も何も連絡を入れていないにも関わらず数社から葬儀の依頼の電話を頂戴した事が有った。

私は思わず”人の死を悼まず商売の道具として扱うな!”と一喝し電話を切った。
親族が悲しみに打ちひしがれている時に無遠慮に商売の話をする等言語道断である

私はそういう商売をする人間を軽蔑しそういう商売を出来る人間を悲しい人だと思う。
確かに彼らもそれで飯を食っている人間でありそうしなければいけない事情もあろう。

だが、もし自分の身内が亡くなって同じような事をされた時彼らは冷静に無感情に応対が出来るであろうか?生憎私にはそのような事は出来そうもない。

私の仕事も案外死と隣り合わせの商売である。

自殺願望を持つ同胞の自殺を食い止められず死なせてしまった事もある。
その時私は自らの無力さを嘆き彼の死をとても重く受け止め慙愧の念に耐えない。

私が亡くなった時周囲がどういう反応を示すのか?それは私には解らない。
だが願わくば遺された者達の意を汲んで戴き静かに死を悼んで欲しいと願う。

それが『和の国』に生まれた人間の務めではないかと私は考える。

心理学者瀬木の心に効くオリジナルレシピ~イカのマリネマヨネーズ風味~

イカのマリネマヨネーズ風味

用意する物。

・イカ 1杯
・マヨネーズ 大匙1杯
・パセリ 少々
・玉ねぎ 半玉
・レタス 数枚
・醤油 小さじ1杯
・胡椒 少々
・御酢 小さじ一杯
・オリーブオイル 少々

イカは表面が軽く白くなる程度に湯がいておきます。
下足(ゲソ)と胴体を切り分け、更にそれらを一口サイズに切っておきます。

玉ねぎは半玉を千切りにして水にさっと潜らせてしゃきしゃき感を出しておきます。

ボールに先程茹でて切った烏賊と玉ねぎを入れます。
其処へマヨネーズ大匙一杯、醤油、御酢を各小さじ一杯投入。
かき混ぜます。

器にレタスを敷きその上に烏賊を盛り付けます。

そこへオリーブオイルを一垂らし。
胡椒を一掛け。

後はパセリをちょっとアクセントに置けば出来上がり。
パセリをクレソンにしてもグー!です。

お酒のおつまみにするもよし、ご飯と共に食べても美味しいです。
サワークリームでも美味しく出来ますよ。

心理学者瀬木の心に効くオリジナルレシピ~簡単おこげ料理~

『簡単おこげ料理』

用意する物

・サッポロ一番バーベキュー味
・中華スープの素。
・海鮮(何でも)

先ず中華スープの素を煮立てます。
そこにお家に在る海鮮(何でも結構です)をぶちこみます。

鍋焼きうどんに使う鍋にサッポロ一番バーベキュー味を敷き詰めます。
其処に先ほどの中華スープに海鮮を入れた物を掛けます。

最後にラー油を数滴垂らせば出来上がり。

これだけで中華料理屋のディナーに出てくるあのおこげスープが楽しめます。
簡単お手軽で中華料理屋気分が味わえます。

一つだけ注意点。

元がジャガイモなのでスープを掛けたら掛けたら直ぐ食べてください。
それかスープを入れる前に一度オーブンでサッポロ一番バーベキュー味をオーブンで焼くのもお勧めです<(_ _)>

後はお好みで塩・胡椒などを入れて味を調えてください。

心理学者瀬木の心に効くオリジナルレシピ~ナスの味噌グラタン~

用意するもの)
茄子 1個(出来れば加茂茄子などの大降りが良)
八丁味噌(八丁味噌が無ければ他でも問題なし)
酒 少々
砂糖 少々
みりん 少々
白胡麻 少々
パルメザンチーズ 少々
パセリ 少々
コーン 少々

作り方)

先ず下手を取り、ナスを縦半分に切ります。
焼き茄子の要領で茄子を焼いていきます。
表面に軽く焼き色が付いたら良いです。
茄子中身をスプーン等でくり貫きます。
(その際、側を1.5cm位残します)

八丁味噌他調味料を全て混ぜ合せタレを作ります。
先程くり貫いた茄子の身をタレに合わせます。

よく混ぜてタレに馴染ませたらくり貫いた茄子の本体にくり貫いた中身を戻します。

パルメザンチーズを掛け、パセリを散らし、コーンを散らします。

オーブンへ入れ表面に軽く焼き色が付くまで熱します。チーズが少し焦げ始めたら出来上がりの合図。

最後に白胡麻を軽く振ったら出来上がり。

後は熱々を召し上がれ!
暑い夏、ビールに良く会う一品です。

心理学者瀬木の心に効くオリジナルレシピ~さつまいものフルーツグラタン~

美味しい物、美しい器、楽しい会話それだけで”心”に充分な栄養が行渡ります。

そんな美味しいオリジナルレシピをこれから少しずつご紹介してきます。

用意するもの)さつまいも 一本(なるべく大振りの物)
黒胡麻
砂糖 大匙1
塩 少々
生クリーム 1カップ
フルーツ お好みで

(作り方)
薩摩芋を盾に半分に切ります。
そのまま表面に焼き色がつくまで焼きます。
一旦取り出し中身を外側1cm位残して中身をくり貫きます(これが器となります)
くり貫いた中身をボウルに入れて潰します。
その中に砂糖、塩、生クリームの順に入れ、良く混ぜ合わせさつまいもペーストを作ります。
もう一度そのペーストを先ほどの器に戻します。
もう一度オーブンに入れ、今度はしっかりと焼き目がつくまで焼きます。
最後にお好みのフルーツをトッピングしたら出来上がり。
お子さんと一緒に作るとより一層美味しさが増します。
是非秋の夜長、お子さんと一緒に作って見て下さい。

2010年12月2日木曜日

多様性と関連性の心理学~或いはリンクの心理学~

過日新しく我が”家族”となられた方に大変お褒めのお言葉を頂戴した。
先生のように”○○と××を関連付けて考えてくださった方は初めてです”と…。

私の中ではその時若干の疑問符が浮かんだ…”何故この二つが関連付けられないのだろう…”と。
確かに単面的思考性でこの二つを関連付ける事は難しい事と思う。

だがそれらを多面的側面から思考すれば結び付ける事はとても容易な事である。
そしてそれこそが我々の仕事であると言っても過言ではない。

私は以前人材派遣の会社をやろうと考えていた時期があった(今も個人ではやっている)。
それは我が元に来る同胞を会社へ入れて欲しいからであった。

確かに彼ら・彼女らは”心を病んでいた人”達である(あくまでも過去形)。
しかしそれは余りにも周りに無理解な人たちが居たからに過ぎない。

もし彼ら・彼女らの周りにもっと多くの理解者が居てくれさえすれば彼ら・彼女らが心を病むことは決してなかった。
つまり彼ら・彼女らは”異常者”ではなく”犠牲者”な訳である。

だが、経歴の欄にそれらを見つけると大抵の企業はそういう人の入社に難色を示す。
そういう方々の”お墨付き”を私が与え入社させていただくという物である。

事実この我が”お墨付き”でかなりの人を過去入社させ或いは起業させてきた。
今もそれらの人道支援は続けているし今後も続けていきたいと思っている。

その際に最も重要な事が表題にもある”多様性と関連性”である。
その人の持つパーソナリティーの多様性、そしてその多様性でもって御社に与える利益との関連性。

それらを人事担当の方や或いは社長に直談判し採用願っている。
相手にきちんと”理解”して貰えば採用を得ることは難しい事ではない。

実際それで私はある一定以上の実績を誇っているからだ。
故に就職に挑む生徒や就職浪人生の面倒を見た事もある。

人間の持つ多様性と関連性、これらはつい蔑ろにされがちで有る。
だがそれこそが人材発掘の鍵であり産業社会における生産性、創造性の発掘であると思っている。

一見すると何の関連性もなさそうな所に関連性を見出す、そしてそれらの持つ多様性を示す。
その多様性でもって得られる利益、与える才を訴えれば”求める”人材から”求められる”人材へと変貌を遂げる。

或る会社でメンタル疾患で首を切られた某氏は我がセラピーを受けた後更に前の会社よりも知名度も待遇も良い所へトラバーユする事に成功。しかも自らが”求めた”のではなく相手側から”求められて”の事である。

まだまだ日本には素晴らしい人材が多く眠っている。
それらを揺り起こし日本の発展に寄与させるのも又我が使命である。

2010年12月1日水曜日

私がオリジナルテクニックを公表し続ける訳…。

此処じゃない別のSNSでのお話。

そちらの方が此処より長くやっているので当然同胞の数も其方の方が此方より多い。
んで書いてる内容は此処も其処も自ブログも殆ど一緒(笑)

我がオリジナルセラピーテクニックや独自の心理学理論を展開させて戴いている。
当然同じ心理学者さんや同じメンタルセラピストさんともお友達になる訳で…。

その際同胞が危惧していたのは我がテクニックを同業に盗まれやしないかという事
私は『まさかそれはなさるまい、そんなに人を直ぐに疑う物ではない』と嗜めた。

だが…数年後同胞の危惧は現実となって我が眼前に突きつけられた。
我がセラピーテクニックを『オリジナルセラピー』として同道とHPに出している人が居たのだ^^;。

”似ている”というレベルに非ず、まんま”盗用”されていたから驚くというか呆れるというかw
此処まで”そっくりそのまま”まねられるとある種の爽快感すら覚えます(笑)

当然同胞は憤怒の表情を浮かべ直ぐに告訴すべきだ!と息巻いた。
だが、その際も私は一切動じずに居た。

『まぁ、待ちなさい。幾ら理論やテクニックを盗んでも其れを行うのは結局は人。
 人のテクニックや理論を盗む人はそれだけのスキルしかない。
 我がテクニックがそんな人にまともに扱えると思うてか?そこまで稚拙なテクではないと思うが?』

同胞は口ごもりながらもそれ以降何も言いませんでした。
案の定、我がテクニック理論を盗用せしその方はその後新聞の三面記事にその名を晒す事となりましたとさ(笑)

私は此れかも自身のセラピーテクニックや心理学的理論を展開していく所存。
それは私しか扱えないと確信するが故です。

そして出来うれば我がテクニックや理論を更に高度な物に作り変えて下さる方が出てくれる事を願います。
其れは盗用ではなくもう完全に”オリジナル”といって憚らないのですから<(_ _)>