2011年8月24日水曜日

48の殺人技の一つ…じゃなくて1000のセラピー技の一つ『セルフフォトセラピー』について

我が1000を越えるオリジナルセラピーの内の一つ(何だかキン肉マンの48の殺人技の一つみたいでかっこいいなw)『セルフフォトセラピー』は読んで字の如く『自分撮り』が基本。

他人が撮るのではなく『自分自身で自分を撮る』事に意義が有る。

セルフじゃない方のフォトセラピーは国内外を問わずやっているが兎に角料金が馬鹿高い
私が調べた限りでは大抵1枚5000円でしかもお医者様が撮られる。
人間私もそうだが人にとって貰うとどうしても『自分を作る』ので素の自分が出し難い。
されどセルフの場合大抵自分にカメラを向けるか鏡に写った自分を撮るので遠慮がない。
”作らない自分”即ち”素の自分”を知る事は”認知心理学”に於ける”自己認知”に役立つ。
しかも私の場合1枚100円で5枚一セットそれを土日祝日を続く毎日やって貰っている。

これは”常態化”により”自らを見る事”に慣れて貰う事と”日々変わっていく自分”を見て貰いその進化を楽しんで欲しい為である。

セラピーだと割り切れば普段人には見せられない自分をも見せられる(お馬鹿な自分も)
私しか写メは見ず終ったら個人情報保護法観点から全て処分する。
同胞各々それぞれオリジナルカスタマイズを行う為、同じセラピーとなる事は無い。
それが最大の売りである。

最近それで実に多くの方から”劇的に人生が変わり嬉しい”との報告を数多く受けている事が嬉しくて成らない。セラピスト冥利に尽きるとは正にこの事である。
女性が多い様に見えるが案外男性も多いから世の中面白い^^v
結 構『自分を変えたい人』『本当の自分を知りたい人』とする人は老若男女を問わないと言う事がよく解る。実際性別もバラバラ、年齢も下は10代から上は70 を越える方も居るというのだから面白い。70を越える方は老婆で今まで夫の世話で夫が他界しやっと自分の時間が持てたのでこれからは”第二の人生”を謳歌 したいという理由からであるw我がセラピーを受けられて以後7人の”ボーイフレンド”を持ち50歳の男性と再婚、80半ば迄生き葬儀には多くの”殿方”が 参列されたとか。

人生色々男も色々、女だって色々咲き乱れるわ~である^^;。

2011年8月20日土曜日

トラウマの心理学~トラウマの種類とその傾向についての一考察~

子供の頃、人から言われた何気ない一言が大人となり『トラウマ』となってお心を煩うケースは少なくない。
我が元にも年間100件以上の”トラウマ”によりお心を病まれ来訪される方が居られる。子供が子供から言われた一言、子供が大人から言われた一言、そのたった一言で…。

子供が子供へ言う一言と大人が子供へ言う一言ではその意味合いは大きく異なる。

子供はパーソナルスペースが大人より狭いので”異質”と感じる物への攻撃反応は強い。
それは子供が異質な物に対して”恐怖心”を抱く事が原因である。

周りは皆、自分と背格好も顔形も似ている中で少しだけ顔形や背格好が違う子供が居た時、大抵の子供は”化け物”扱いする。

それはそれが”異質な物”として認識する事による、”心の防御反応”が原因である。
それを”同質”とすると今度はその”同質”とした自分が”異質”なる事を恐れるが故である。

大人が子供に発する何気ない一言はそれが”子供だから大丈夫”という甘えからである。
だが子供成ればこそより”発する言葉”には気を配る必要が有る。
経 験も知識も無い子供にとって”大人”はそれ自体が脅威”である、その”脅威”たる大人から言われる何気ない一言は正に子供にとっては”心臓に突き刺さる 刃”の如き致命傷となる場合が有る。”心”はその致命傷を何とかして抑えようと”心”を一時的に閉じて記憶から遠ざけようとする。

さ れど同じ様な場面に出くわした時、”忌まわしき記憶”は呼び覚まされ、麻痺していた”心の痛み”を再度感じるように成ると”子供の時の心の痛み”がプラス される分より”衝撃”は大きくそれが”トラウマ”と言う形を取る訳である。出はそう言う場合いはどうするか?様々な方法が有る。例えば退行催眠で過去の記 憶を辿りそれを消していく方法。去れどこの場合催眠の効き目が個人差があるので私は余りお奨めしない。一番私がお奨めするのが我がオリジナルセラピーの一 つ『イレーズ療法』である。それは”現在”の自分を深く知り現在の自分を輝かせ、現在の自分を好きに成るやり方。過去も未来も”現在”と言う時間軸を基軸 にせぬ限りその存在をする事は不可能である。つまり”現在”を変えれば、過去も未来も又変える事が可能という訳である。人間の記憶領域には限界が有り有る 一定の量を超えた記憶は完全に消える訳では無いが直ぐには思い出せない場所まで移動させる事が可能である。故に私は『イレーズ療法』により”現在の楽しい 記憶”を作る事により、心太方式で”過去の記憶”を記憶領域から追い出し消し去るやり方を採っている。このやり方の一番の難所は”信頼関係”である、こ の”信頼関係”を如何に築くかがいわばこの療法の鍵となる。逆を言えばこの”信頼関係”を築く事に成功すれば後は”楽しい記憶の上書き”で”忌まわしき過 去”は完全に記憶領域から消える。それで過去1000人以上の”忌まわしき過去”を持つ方々の”負の記憶”を消してきた。人間が生きていく上で残しておか ねば成らない”負の記憶”もある、だがそれが有るが故に”生き難い記憶”がある事も又事実。負の記憶が成長の糧となるなら残して置くべきだが成長の妨げと 成るなら消し去るべきである。
私はこれからも『イレーズ療法』で多くの方々の”不要な記憶”は消し去って生きたいと願っている。

2011年8月8日月曜日

心理学的夏対策

その1

子供及びペットの熱中症対策には地面との接触面を少なくする事が​大切です。
子供もペットも地面からの距離が大人より近い為地熱を​より受けやすいので熱中症に罹患しやすいのです。
それを回避する​為には抱き抱える等地面との接触面をなるべく減らしましょう。

その2


熱い時は辛い物を食べると良いは間違い。
あれは辛い物を食べる事により体温を上げ体内温度と体外温度差を​縮める事で一時的に暑さを感じさせなくする効果を狙った物だが繰​り返す事により常態化され効果は薄れより辛さを求める結果内臓を​著しく痛める危険性を孕んで居ます。
又辛い物を食べた時汗を多量にかくので水分摂取量が増えその分体​温を下げる効果も有るがこれも又水分摂取過多により腎臓に甚大な​る負担を掛け水腎症等に罹患しやすくなります。
辛い物は一時凌ぎにしかなりません。
熱い時はどうしても冷たい物に走りがちですが実は此れはとても危​険な行為です。
例えばアイスの一気食い等は寿命を縮める愚行である事を理解して​下さい。
急激な温度変化はそれ自体の耐久性を弱め脆弱性を高めます。
その結果より内臓の耐久度を落とし抵抗力の弱い病に罹患し易い体​を作ってしまいます。
それを防ぐ為にも急激な温度変化は気をつけて下さい<(_ _)>

その3
熱い時はどうしても冷たい物に走りがちですが実は此れはとても危​険な行為です。
例えばアイスの一気食い等は寿命を縮める愚行である事を理解して​下さい。
急激な温度変化はそれ自体の耐久性を弱め脆弱性を高めます。
その結果より内臓の耐久度を落とし抵抗力の弱い病に罹患し易い体​を作ってしまいます。
それを防ぐ為にも急激な温度変化は気をつけて下さい<(_ _)>

2011年8月6日土曜日

心理学的エトセトラ2

その1

○○のお陰で…といえる人は実は自分のお陰である。
何故ならその○○が助力してくれる価値がその人自身に有るから。
人は無価値な存在に手を差し伸べたりはしない、その人に有価値と​するからこそ助力す。
その有価値であるという自分という存在に気付く事こそが助力者に​対する感謝の気持ちであると私は考える。
”アナタの事が好きだから…”
離れていても通じ合う心という物はある物ですよ^^v

その2
『御縁』という物はそんなに簡単に切ったりくっついたり出来る物​ではない。
私は常、そう考えている。故に私はプロフィールにも『一期一会』​という言葉を挙げている。
砂浜の中から一粒の砂金を見つける如くの確率で出会えた事に私は​価値を見出したい。
逆を言えば其処で見出した『縁』を自ら捨て去る者に私は一切の未​練を残さない。
偶に自ら縁を切りながら詫びも入れず復縁を求める者が居るが私は​一切応じない。
”縁”という物はそんなに簡単な物でも軽い物でもないと私は考え​ている。
それ故私は”縁結び””縁切り”をとても慎重且つ大事に扱うよう​にしている。
全ては亡父より受け継ぎし業物、愚息なれど亡父の魂は我が心の奥​に有る。
その3
本当に賞賛に値する人とはその人自身賞賛に値しないとする人。
誰しも賞賛を受けたいし認められたい。
それは人間の尤も根源的欲求が『認知欲求』である事に起因。
人間の根源的欲求はお金でも地位でも名誉でも美貌でもない。
それは人間が『生物』であり地球上で尤も弱き生物だから。
本能的自己防衛本能から多くの方に『認められ』その認めた人を盾​に身を守る為。
此れは生物学的な話。されどそれが真実。

その4
『反省だけなら猿でもできる。人間と猿の違いは同じ過ちを繰り返​さぬ努力を自主的に出来るかどうか』であると何時も同胞に説いて​います。

猿は人間に叱られて恐怖でそれを覚え人間はそれを自主的に覚えま​す。
されど中々それは簡単な事に非ず。

それは人間が『欲望』と『理性』という二律背反な存在を心に同根​している事に起因。
『学習』は『理性』が司り、『失敗』は『欲望』が司っています。

どちらに重きを置くかで人間の価値が決まります。
私は思い切り前者に重きを置く駄目人間ですけどね(笑)

その5
セラピストに求められるスキル、それは知識でも技術でもなく『忍​耐』と『恐れない事』。

重篤な精神疾患の場合かなり長期間面倒を診なくてはいけなくなる​、同胞もセラピスト自身も疲れ果て途中で投げ出したくなる時も少​なくは無い。されどそんな同胞を叱咤激励し又自分自身をも鼓舞し​『忍耐』を以て遂行する事、それが大事だと考える。

又、セラピストは同胞や周囲の人達に対して常、『攻め』の気持ち​出なければならない。
金銭の授受に関わらず此方が『受身』となり関係性を壊すまいと弱​腰になっては重篤な病を克服する事は不可能。時には厳しい態度で​接し同胞との関係性が崩壊するかもしれないという恐れを抱きなが​らもそこから”逃げ”てはいけないと考える。

その”本気”が相手に伝わった時、相手も又、”本気”を見せてく​れると私は考えている。

2011年8月5日金曜日

初の電子書籍小説集『もし心理学者が小説を書いたらどうなるのか?』完遂!

心理学者瀬木良介渾身の電子書籍三作目!
今回は初の小説集です。
『もし心理学者が小説を書いたらどうなるのか?』
そんな実験的作品でも有ります(人、それを無謀と呼ぶw)。
作家とは違う心理学者ならではの切り口で語られる全11篇の物語
​。
アナタの目にはどのように映りますでしょうか?
本書の初版売上は東日本大震災で被災された被災者家族へそのまま
​手渡しされます
http://assf.cart.fc2.com/ca1/4/p-r-s5/

2011年8月2日火曜日

心理学者瀬木良介電子書籍第二弾、今回は初のエッセイ集発売『心の宝石箱①』

心理学者瀬木良介の電子書籍第二弾。
今回は初のエッセイ集。

心理学者がエッセイを書くとどうなるのか?
そんな実験的試み的作品です。

心理学者ならではの視点で綴られる全28篇の宝石達。
アナタの目にはどの様に映りますでしょうか?

前作より大幅ボリュームアップされどお値段そのまま。
今回はPDFファイルにて皆様のお手元にお届けします。
iphone等多くの媒体に対応可是非御笑覧下さいませ

尚、前作『或る心理学者の心理学ファイル001~ディザスターズ​サイコロジー(災害症候群)篇~』同様初版売上は全額被災者家族​へ直接手渡しとさせて戴きます。

皆様方の御支援を何卒宜しくお願い致します。

http://assf.cart.fc2.com/ca1/3​/p-r-s/

心理学的エトセトラ


朝、目覚めが悪い人、シャンとしない人の多くは朝食をちゃんと採​っていない人です。
ちゃんと採っているとする人もドリンクや栄養補助食品を通勤途中​にと言う人が大半。
朝、椅子に座って朝食を採る事は脳を”起こす”為に必要な行為。
人間が猿から分派し今の文明を築けた一番の理由は”噛む事”を早​く覚えたから。
噛む行為は脳に刺激を与え刺激を受けた脳が体の各部位に”起きろ​”と指令を出す。
その事で体の各部位が目覚め、”睡眠モード”から”仕事モード”​へ切替えさせてくれる。
”噛む”事は脳に刺激を与えそれが脳の活性化に繋がり一日を円滑​にさせてくれる。
朝、ちゃんと”噛んで”ますか?^^v


『覚悟』無くして『変化』なし。『変化』なくして『進化』なし。
何かを変えようとするならばそれなりの覚悟が必要。
その覚悟を持つ事で進化が可能となる。
『覚悟』を恐れる者は『進化』を得れず。


強い拒絶は容認と同様の効果が有る。
好ましからざる人間関係ばかり構築されている人の殆どがこれ。
強い拒絶は心の奥底に常、それを置く習性が有りそれは潜在意識に​その状態を置く事を容認したのと同様の効果を齎す。
脳は融通が利かないのでそれを容認としそういう人間関係構築に走​る。
これでは本末転倒である、ではどうすればそういう無限ループから​脱却できるだろう?
本当にそれらを拒絶したいなら先ずその拒絶する心を開放する事か​ら始めよう。
それらを拒絶する事を一旦止めそれらを受け入れる方向で考える。
勿論実際に状況を許容するのではなく”心”で受け入れるだけでい​い。
すると”固執する心”がなくなり”拒絶”を”拒絶”として心が受​け取る土壌作りになる。
そうなれば”拒絶”された事を心が認識しそういう状況を無意識に​遠ざけてくれる。


『私に非は無い』とする人の殆どはその人に非がある。
何故なら『自分に非があるかも知れない』と気付いていないから。
本当に非の無い人は自らに非があるかも知れないと自らを振り返ら​れる人。
そういう人は自らに対するチェックリストが出来ているので非があ​っても少なくて済む。
本当に自らに非が無いのであるならば非が無いと言わしめる状態は​起こらない筈。
そういう状況を生んでいる時点でその人に何らかの落ち度が有るこ​とは明白である。
されど多くの人は其処に目は行かず相手の行動のみに注視し自己弁​護を図る。
それ故同じ様な状況に於かれてしまう事になるのである。


我が元へ以前不良グループに入っていたご子息の事で御両親が相談​に来られた。
一時期夫婦仲が悪い時に不良グループに誘われて入ったのだとか。
今は夫婦仲も戻り御子息もグループから抜けたらしいが確証は持て​ない。
自分達の愚行により子供を不幸にしては申し訳が無いと門を叩かれ​た。
私は今の御子息の人間関係に着目する様進言申し上げた。
我が提唱せし『場の心理学』によれば本人が変われば本人を中心と​した場が変わる。
場にそぐわない人間は去り適合する人間のみ残る。
もし御子息が不良グループと繋がっているならば同じ属性を持つ場​が出来ると。
幸いそれ以降御子息の人間関係は良好を保ち無事社会人となり御両​親も安堵した。


『男女の友情は成立するか否か?』恐らく人間が抱える永遠のテー​マの一つだと思う。
多くの方が『男女の友情は成立しない』と言われるが私は寧ろ逆だ​と考える。
何故なら『男と女だからこそ友達で居ようと意識し努力をするから​』である。
これが同性ならばそんな気遣い等無用。
されど相手が異性なら全く恋に落ちる危険性が無いとはいえないか​らである。
それ故同性よりも更に意識をして”友であろう”とする分”友情”​は存在すると考える。
良く”俺は男として見られていない”とか”私は女として見られて​いない”と言うが嘘です。
異性にとって異性はやはり異性、どんなにずっと長く居てもやはり​異性は異性です。
異性であるが故にその関係を崩すまいと意識し異性である事を頭か​ら退けようとする。
それ自体が既に”異性”である事を意識している証拠なのですよ。


地声が大きな人を除いて大声で相手を叱る人は自己顕示欲の強い人​である。
自らの社会的優位性を外に示したいと言う欲求が無意識的に働いて​いるから。
意識が外に向いている為叱り方に整合性がなく支離滅裂な感情論者​である。
本当に相手に理解を得る叱り方とはまず最初に相手を認めてあげる​事。
その上でその人が冒しミスの改善点を示して挙げる事。
最後に励ましの一つも掛けてあげればその人がミスを侵す事は二度​とないでしょう。


『大丈夫です』と言う人の殆どは『大丈夫』ではない。
本当に『大丈夫』な人は『大丈夫じゃない』事を知っている人。
されど『大丈夫じゃない』事を知らない人はそれを知らないから『​大丈夫』と言えるから。
本当に『大丈夫』な人は『大丈夫』とは言わない人です^^v。


『幸せです』と外へ向けて発信している人は実は幸せな人ではない​。
何故なら本当に『幸せ』な人はその時点で満たされていてそれを外​へ向けて発信する必要がないからである。自慢したいからとか人に見せ付けてやりたいからという向きもある​だろうが”外”に目が向いている人が本当に”幸せ”だと言えるだ​ろうか?
見せ付ける、自慢するという時点に於いてそれは”幸せ”という物​の充分条件を満たしては居ない。
本当の”幸せ”は自らの心の中にある物である。


自らを『おかしい』とする人の殆どは『正常』であり自らを『正常​』と言い張る人の多くは『異常』である。
自らを『おかしい』と言える人は言える”目”を持っておりそれを​『異常』とすると全ての人が『異常』となる。
されど自らを『正常』と訴える人は訴えねばならぬ理由がある為訴​えているからです。
本当に『正常』ならばそれを訴える必要などないのだから。


頭ごなしに『あなたはおかしい』と言う人が居るが実はおかしいの​は発言者自身。
何故なら本当に相手が『おかしい』とするならば先ずその相違点を​先に話す筈。
更にそれらの改善点も示せて当然、だが大抵の場合頭ごなしに全否​定が殆ど。
それは最初に全否定する事で相手の機先を制し自らの論を押し通す​為。
そのような脆弱な論で”おかしい”とされても納得できる筈もない​。
我が元にはそんな”おかしい”人から”おかしい”と言われた”正​常”な人が多く門を叩く。
勿論その殆どは”正常”な人なので”正常である理由”を理路整然​と話しそれを”おかしい”とする人にも伝えるよう支持を出す。
大​抵”おかしい”と揶揄した方はそれ以降二度と”おかしい”とは言​われなくなるようだw

その⑫
依存症で尤も怖いのはお酒でも薬物でも買い物でも無く実は”人依存”である。
それが”モノ”である以上その”モノ”がなくなれば必然的に”依存対 象”が無い為、依存度は徐々に現象していく。
私自身”モノ”依存の場合は、”私自身”に依存させる事で、”依存対象であるモノ”から離す方向で依存症を治 療している。
だがこれが”人”となると一寸厄介、しかもこれは生死には全く関係ない。
生存されておられようが死別されておられようが対象が”人”である限 りそれへの”依存”は消え去る事は無い。
この場合は”依存対象から離す”方向ではなく”依存者自身の自信を付ける”事で自ら依存対象から離れるよう指示を している。
まぁ言うは易し行うは難しではあるのですが^^;。