2011年8月24日水曜日

48の殺人技の一つ…じゃなくて1000のセラピー技の一つ『表現療法』について

『表現療法』として一番メジャーな物は恐らく『箱庭療法』だと思う(療法としてではない物ではロールシャッハテストが有名)。

紙箱の中に砂を入れジオラマを配置しその配置や何を置くかで同胞の心を探るやり方である。
だが、これは結構準備に時間が掛かるし費用も掛かる、保管スペースも必要だしフィギュアも何を購入するか結構迷う所である。

無闇矢鱈と選択肢を多くしてもお心を患っておられる方々にとってはそれが又新たなストレスともなりかねない。

私は同じ『表現療法』としてipadを使った方法を提示している。
御存知の通りipadにはペイントツールや文書作成ツール、音楽ソフトや果ては版画まである(笑)
3Dレイトレツールを使えば先の『箱庭療法』がipad上で作成可能ともなる。
ご自分で好きな物を作りそれらを自由自在に配置する事が出来る。

これなら場所も取らずお金も掛からず選択肢で悩む事も無い。
それぞれがそれぞれに見合ったジオラマを作る事が出来る。

表現力の汎用性としては遥かに此方の方が高いといえるだろう。
更に私もその輪の中に加わり『共同作業』として『作品』を作っていく事も或る。
これは『対人恐怖症』でお心を閉ざした方、『引きこもり』の方の治療に最大限の力を発揮する。
共に一つの作品を作り出すと言う事は先のノートの『シンクロニシティ』が高くなくては出来ない所為である。
私は同胞の心に心を重ねる事は簡単であり、同胞は心を重ねる喜びを只、感じてくれればそれでいい。

その心地よさを感じて戴き、人と人との交わりの喜びを私を通して感じて貰い社会復帰を目指して頂くのである。
勿論ここで書いている限りに於いては随分と容易な事の様に思えるが実際は血みどろの戦いである^^;。

お互い傷を負いながらそれでも尚、『社会復帰したい』と願う同胞の”重い”を受け取りその”思い”を形にしていく作業。
それが”表現療法”の一番の売りだと思っている。

又、”声にならない心の声”を”形”にする事で、”心の声を聞える声”にするのも私の大切な仕事の一つである。
出来た作品に対してお互いが品評しあう事で”心の声”を”実際の聞える声”にしていく、これも大切な事である。

そうやって”人と人とのコミュニケーション”を通じて、”シンクロニシティ”を高めていき社会復帰を目指す。
私 のこの療法は”社会更正プログラム”として時に元・犯罪を冒し者のプログラムとして行う場合も有る。その場合いはもっとその緊張度は増す訳だがその”極度 の緊張状態”がより互いの”シンクロニシティ”を高める結果にもなる。何事にも恐れず果敢に立ち向かい同胞の為、命を掛けるそれがセラピストに求められる 最大のスキルだと考えている。

48の殺人技の一つ…じゃなくて1000のセラピー技の一つ『ムービーセラピー』について

『ムービーセラピー』つまり『動画療法』である(主に映画療法である)。

この療法の一番の狙いは”感情の共有”つまり”共感を得る事”が最大の目的である。
後に御紹介申し上げる『鼓動療法(音楽療法)』もその一つだが五感を刺激する意味に於いては此方の方が上である。

所謂『感情機能障害』の同胞にはこの『動画療法』は絶大なる効果を持つ。

昔はわざわざ映画館まで出向いて映画を見ていたが最近はipadの台頭によりitunesで好きな動画をDLし好きな時間好きな場所で映画を見ることが可能となった。

更にTVに繋いでそれこそ映画のスクリーンさながらの大画面で見ることも可能となる。

『プライベートシアター』…昔は余程の金持ちでなければ持てなかった空間が今は一般人でもこういうツールを使って持てる時代となった、大変喜ばしい事である。

先に述べた通り、『動画療法』は目と耳と脳を使うのでその分同胞の心が感じた物を得る情報量はとても多い。

それを映画を見ながらもしくは映画を見終わった後お互いの感想を語り合い同じ時間を”共有”するのである。

この”共有する=同調する”というのが実は心理療法的にはとても重要な意味を持つ。”同調する(シンクロニシティ)”というのは親しい間柄乃至は心を許した者にのみ許された行為である。

更に自らをおかしいとする人にとって”同調する相手が居る”と言う事は”自分はおかしい存在ではない”という証明にもなる。

私は同胞の心に”シンクロニシティ”し、同胞の中の”私はおかしい人”という間違った意識を消していく。

それは周りが勝手に付けた”ラベリング”でありその”ラベリング”は大抵の場合間違えている。
なればその”ラベリング”を剥がし新たな”ラベリングを与える事こそが大事である。そう!”自分は正しい”というラベリングである。

同じ映画を観、同じ時間を共有し、同じ”心”を共有する事で自らの”正しさ”を得ていく、自らの”自信”を得ていく事はお心を病まれた同胞にとってとても重要。

”私は正しい、私はおかしい存在じゃない”という事を自らが認知する事はとても大事である。

更に”映画を見終わった後”その”感情・意見の共有”を”言葉”で説明させる様私は心掛けている。
何故なら人から”おかしい”とされた時、”言葉”で自らの正しさを説明出来る様にしたいからである。

”シンクロニシティ”する事で自信を回復し、”映像の言語化”により自らの”正しさ”の証明を得る。

”動画療法”にはこの二つの大きな利点がある。何も”動画療法”は同胞が好きな映画に限らない、同胞が見た事がない或いは”食わず嫌いの映画”にも遭えて挑戦させる。

それは”食わず嫌い”を教える事と、”思考の幅”を広げる為、何より”シンクロニシティー”を増やし”自信”を得る為である。

この療法により実に多くの”自らをおかしい”とする人を”私は正しい”と出来た事は幸甚の極みである。

48の殺人技の一つ…じゃなくて1000のセラピー技の一つ『ヴォイスセラピー』について

『ヴォイスセラピー』とは私が普段『フォンセッション』と呼んでいる『通話ツール』を使った癒し技。
『通話ツール』と書いたのは通話媒体が電話だけでなく最近はスカイプや他の通話手段をも使う為。

人の”心の動き”は”目”で解ると普段書いているがそれ以外にも解る部分が有る、それが”声”。
”声”の抑揚や早さ、トーンの高低等普段の生活で気付けない部分が”声”を通すととてもよく解る。

又、話す事自体、頭の中で”整理し理解する事”なしに出来ない様に脳科学にはなっている。

”よく解らないんだけど”とか、又聞きで話す場合でもその人の”口”を通した段階で”その人が理解した言葉”に変換をされている事は意外と知られていない。故に”会話をする事自体”が”問題解決行動”となっている事に意外と人は気付けない物なのである。

更に耳から入る”言葉”はそのまま”脳”に行き、その”脳”が”言葉”として理解し分析する事はとても大きな意味を持つ。

又、 言葉と映像を結び付けると人の脳内における伝達物質である”シナプス”の伝達速度が上がり脳の記憶が定着し易くなる。

故に私はなるべく言葉を映像化し易い 様話す事を心掛けている。
大抵同胞から”先生の話は解り易い”と言われているのはそれが故である。

それは”言葉の映像化”即ち、”脳への伝達速度の向上”に努めているか らである。
更に”声帯心理学”(これも我がオリジナル理論)の見地から”人が心地よいとする音”を検出しその声のトーンで話す事も私が心掛けている事の一 つである。

故に我が同胞の私の声の印象は一人一人皆違う筈である。或る人には”落ち着いた声”と捉えられ、或る方には”とても張りのある元気のある声”と 認識されたりと私の印象は実に様々である。”

会話ツール”を使うので相手に顔は見えないのでどんな格好をしていても恥ずかしくないし気軽に話す事が出来 る。

故に悩みを打ち明けやすいし馬鹿話をちょいちょい挟むので相手は大抵大笑いし”馬鹿話をしている間にセラピー終了”という事も少なくな いwされどその”馬鹿話”の中にちゃんと”癒しの種”は植え込んである、電話を切った時、”あれ?何か心が軽くなっている”という事を後から実感して頂ける、それが我がヴォイスセラピーの一番の売りである”seed療法(種療法”である。

seedつまり”問題解決の種”をお心に植え込み、それを発芽させ花 を咲かせる。
それにより同胞は”悩みの種”を”解決の種”へと変える事が出来る。相手に気付けぬ内に”植え込む”ので相手は”自分が思考し問題解決を導き 出した”と思い込みそれが自信へと繋がる。

私の仕事は”お悩み解決人”であり、”誰がお心を治したか”という事はさして重要な事ではない。

私 が治したとする方が効果が高い人も居れば、”独力で治した”とする方がよい方も居る。
その場合いは”seed療法”にて”御自分の力のみで治した”とし自信回復へ繋がってくれればそれが一番である。

”先生の功績なのに…”と同胞は悔しがる人も居るが私の功績等私にとっては瑣末な事。
”同胞のお心が健全であ る事”それが我が望みであり我が願いである。

その”お心が健全になる為のお手伝いが出来た”その事だけで私は充分である。

48の殺人技の一つ…じゃなくて1000のセラピー技の一つ『セルフフォトセラピー』について

我が1000を越えるオリジナルセラピーの内の一つ(何だかキン肉マンの48の殺人技の一つみたいでかっこいいなw)『セルフフォトセラピー』は読んで字の如く『自分撮り』が基本。

他人が撮るのではなく『自分自身で自分を撮る』事に意義が有る。

セルフじゃない方のフォトセラピーは国内外を問わずやっているが兎に角料金が馬鹿高い
私が調べた限りでは大抵1枚5000円でしかもお医者様が撮られる。
人間私もそうだが人にとって貰うとどうしても『自分を作る』ので素の自分が出し難い。
されどセルフの場合大抵自分にカメラを向けるか鏡に写った自分を撮るので遠慮がない。
”作らない自分”即ち”素の自分”を知る事は”認知心理学”に於ける”自己認知”に役立つ。
しかも私の場合1枚100円で5枚一セットそれを土日祝日を続く毎日やって貰っている。

これは”常態化”により”自らを見る事”に慣れて貰う事と”日々変わっていく自分”を見て貰いその進化を楽しんで欲しい為である。

セラピーだと割り切れば普段人には見せられない自分をも見せられる(お馬鹿な自分も)
私しか写メは見ず終ったら個人情報保護法観点から全て処分する。
同胞各々それぞれオリジナルカスタマイズを行う為、同じセラピーとなる事は無い。
それが最大の売りである。

最近それで実に多くの方から”劇的に人生が変わり嬉しい”との報告を数多く受けている事が嬉しくて成らない。セラピスト冥利に尽きるとは正にこの事である。
女性が多い様に見えるが案外男性も多いから世の中面白い^^v
結 構『自分を変えたい人』『本当の自分を知りたい人』とする人は老若男女を問わないと言う事がよく解る。実際性別もバラバラ、年齢も下は10代から上は70 を越える方も居るというのだから面白い。70を越える方は老婆で今まで夫の世話で夫が他界しやっと自分の時間が持てたのでこれからは”第二の人生”を謳歌 したいという理由からであるw我がセラピーを受けられて以後7人の”ボーイフレンド”を持ち50歳の男性と再婚、80半ば迄生き葬儀には多くの”殿方”が 参列されたとか。

人生色々男も色々、女だって色々咲き乱れるわ~である^^;。

2011年8月20日土曜日

トラウマの心理学~トラウマの種類とその傾向についての一考察~

子供の頃、人から言われた何気ない一言が大人となり『トラウマ』となってお心を煩うケースは少なくない。
我が元にも年間100件以上の”トラウマ”によりお心を病まれ来訪される方が居られる。子供が子供から言われた一言、子供が大人から言われた一言、そのたった一言で…。

子供が子供へ言う一言と大人が子供へ言う一言ではその意味合いは大きく異なる。

子供はパーソナルスペースが大人より狭いので”異質”と感じる物への攻撃反応は強い。
それは子供が異質な物に対して”恐怖心”を抱く事が原因である。

周りは皆、自分と背格好も顔形も似ている中で少しだけ顔形や背格好が違う子供が居た時、大抵の子供は”化け物”扱いする。

それはそれが”異質な物”として認識する事による、”心の防御反応”が原因である。
それを”同質”とすると今度はその”同質”とした自分が”異質”なる事を恐れるが故である。

大人が子供に発する何気ない一言はそれが”子供だから大丈夫”という甘えからである。
だが子供成ればこそより”発する言葉”には気を配る必要が有る。
経 験も知識も無い子供にとって”大人”はそれ自体が脅威”である、その”脅威”たる大人から言われる何気ない一言は正に子供にとっては”心臓に突き刺さる 刃”の如き致命傷となる場合が有る。”心”はその致命傷を何とかして抑えようと”心”を一時的に閉じて記憶から遠ざけようとする。

さ れど同じ様な場面に出くわした時、”忌まわしき記憶”は呼び覚まされ、麻痺していた”心の痛み”を再度感じるように成ると”子供の時の心の痛み”がプラス される分より”衝撃”は大きくそれが”トラウマ”と言う形を取る訳である。出はそう言う場合いはどうするか?様々な方法が有る。例えば退行催眠で過去の記 憶を辿りそれを消していく方法。去れどこの場合催眠の効き目が個人差があるので私は余りお奨めしない。一番私がお奨めするのが我がオリジナルセラピーの一 つ『イレーズ療法』である。それは”現在”の自分を深く知り現在の自分を輝かせ、現在の自分を好きに成るやり方。過去も未来も”現在”と言う時間軸を基軸 にせぬ限りその存在をする事は不可能である。つまり”現在”を変えれば、過去も未来も又変える事が可能という訳である。人間の記憶領域には限界が有り有る 一定の量を超えた記憶は完全に消える訳では無いが直ぐには思い出せない場所まで移動させる事が可能である。故に私は『イレーズ療法』により”現在の楽しい 記憶”を作る事により、心太方式で”過去の記憶”を記憶領域から追い出し消し去るやり方を採っている。このやり方の一番の難所は”信頼関係”である、こ の”信頼関係”を如何に築くかがいわばこの療法の鍵となる。逆を言えばこの”信頼関係”を築く事に成功すれば後は”楽しい記憶の上書き”で”忌まわしき過 去”は完全に記憶領域から消える。それで過去1000人以上の”忌まわしき過去”を持つ方々の”負の記憶”を消してきた。人間が生きていく上で残しておか ねば成らない”負の記憶”もある、だがそれが有るが故に”生き難い記憶”がある事も又事実。負の記憶が成長の糧となるなら残して置くべきだが成長の妨げと 成るなら消し去るべきである。
私はこれからも『イレーズ療法』で多くの方々の”不要な記憶”は消し去って生きたいと願っている。

2011年8月8日月曜日

心理学的夏対策

その1

子供及びペットの熱中症対策には地面との接触面を少なくする事が​大切です。
子供もペットも地面からの距離が大人より近い為地熱を​より受けやすいので熱中症に罹患しやすいのです。
それを回避する​為には抱き抱える等地面との接触面をなるべく減らしましょう。

その2


熱い時は辛い物を食べると良いは間違い。
あれは辛い物を食べる事により体温を上げ体内温度と体外温度差を​縮める事で一時的に暑さを感じさせなくする効果を狙った物だが繰​り返す事により常態化され効果は薄れより辛さを求める結果内臓を​著しく痛める危険性を孕んで居ます。
又辛い物を食べた時汗を多量にかくので水分摂取量が増えその分体​温を下げる効果も有るがこれも又水分摂取過多により腎臓に甚大な​る負担を掛け水腎症等に罹患しやすくなります。
辛い物は一時凌ぎにしかなりません。
熱い時はどうしても冷たい物に走りがちですが実は此れはとても危​険な行為です。
例えばアイスの一気食い等は寿命を縮める愚行である事を理解して​下さい。
急激な温度変化はそれ自体の耐久性を弱め脆弱性を高めます。
その結果より内臓の耐久度を落とし抵抗力の弱い病に罹患し易い体​を作ってしまいます。
それを防ぐ為にも急激な温度変化は気をつけて下さい<(_ _)>

その3
熱い時はどうしても冷たい物に走りがちですが実は此れはとても危​険な行為です。
例えばアイスの一気食い等は寿命を縮める愚行である事を理解して​下さい。
急激な温度変化はそれ自体の耐久性を弱め脆弱性を高めます。
その結果より内臓の耐久度を落とし抵抗力の弱い病に罹患し易い体​を作ってしまいます。
それを防ぐ為にも急激な温度変化は気をつけて下さい<(_ _)>

2011年8月6日土曜日

心理学的エトセトラ2

その1

○○のお陰で…といえる人は実は自分のお陰である。
何故ならその○○が助力してくれる価値がその人自身に有るから。
人は無価値な存在に手を差し伸べたりはしない、その人に有価値と​するからこそ助力す。
その有価値であるという自分という存在に気付く事こそが助力者に​対する感謝の気持ちであると私は考える。
”アナタの事が好きだから…”
離れていても通じ合う心という物はある物ですよ^^v

その2
『御縁』という物はそんなに簡単に切ったりくっついたり出来る物​ではない。
私は常、そう考えている。故に私はプロフィールにも『一期一会』​という言葉を挙げている。
砂浜の中から一粒の砂金を見つける如くの確率で出会えた事に私は​価値を見出したい。
逆を言えば其処で見出した『縁』を自ら捨て去る者に私は一切の未​練を残さない。
偶に自ら縁を切りながら詫びも入れず復縁を求める者が居るが私は​一切応じない。
”縁”という物はそんなに簡単な物でも軽い物でもないと私は考え​ている。
それ故私は”縁結び””縁切り”をとても慎重且つ大事に扱うよう​にしている。
全ては亡父より受け継ぎし業物、愚息なれど亡父の魂は我が心の奥​に有る。
その3
本当に賞賛に値する人とはその人自身賞賛に値しないとする人。
誰しも賞賛を受けたいし認められたい。
それは人間の尤も根源的欲求が『認知欲求』である事に起因。
人間の根源的欲求はお金でも地位でも名誉でも美貌でもない。
それは人間が『生物』であり地球上で尤も弱き生物だから。
本能的自己防衛本能から多くの方に『認められ』その認めた人を盾​に身を守る為。
此れは生物学的な話。されどそれが真実。

その4
『反省だけなら猿でもできる。人間と猿の違いは同じ過ちを繰り返​さぬ努力を自主的に出来るかどうか』であると何時も同胞に説いて​います。

猿は人間に叱られて恐怖でそれを覚え人間はそれを自主的に覚えま​す。
されど中々それは簡単な事に非ず。

それは人間が『欲望』と『理性』という二律背反な存在を心に同根​している事に起因。
『学習』は『理性』が司り、『失敗』は『欲望』が司っています。

どちらに重きを置くかで人間の価値が決まります。
私は思い切り前者に重きを置く駄目人間ですけどね(笑)

その5
セラピストに求められるスキル、それは知識でも技術でもなく『忍​耐』と『恐れない事』。

重篤な精神疾患の場合かなり長期間面倒を診なくてはいけなくなる​、同胞もセラピスト自身も疲れ果て途中で投げ出したくなる時も少​なくは無い。されどそんな同胞を叱咤激励し又自分自身をも鼓舞し​『忍耐』を以て遂行する事、それが大事だと考える。

又、セラピストは同胞や周囲の人達に対して常、『攻め』の気持ち​出なければならない。
金銭の授受に関わらず此方が『受身』となり関係性を壊すまいと弱​腰になっては重篤な病を克服する事は不可能。時には厳しい態度で​接し同胞との関係性が崩壊するかもしれないという恐れを抱きなが​らもそこから”逃げ”てはいけないと考える。

その”本気”が相手に伝わった時、相手も又、”本気”を見せてく​れると私は考えている。