2013年4月22日月曜日

『聞く力の心理学〜或いは常態行動心理学的情報収集力の心理学〜』


言わずもがなだが心理職というのは”聞く力”という物を求められる仕事である。

一生懸命言葉多く説明する人もいれば言葉少なく一言一言がとても重い人もいる。

直ぐに反応が返って来る人も居れば何度も何度も同じ説明を繰り返してやっと反応が返って来る人もいる。

我々の仕事は前述の通り”聞く力”を求められる仕事だが同時に”相手に理解させる力”というのも求められる。

では”理解”とは何か?

”理解”とは”理を解する”とかきます。
では”理”とは?これは”ことわり”と読み”方向性、在り方”という意味。
つまり”理解”とはその人の心の方向性或いは在り方を解する事”です。

概して”人の話を聞かない人”というとてもややこしい種族の人がいますw
これは実は二種類に分類されます。

”人の話を理解していない”人と”特定の人物の話のみ聞かない人”。
”人の話を聞かない人”は大抵この二種類に大別されます。

後者は割と見るのは簡単なんです。
人の話を聞く時の態度をみればそれらは一目瞭然です。

よく”アイツは全然俺の話を聞いてくれないんです”と嘆く人がいる。
その人の事を具に観察していると”話を聞きたくない人”が見えてくる。

それはその人にとって嫉妬の対象であったり過去にあった苦手な部類の人であったりというケースがある。

所がこれが前者だと一寸話はややこしくなります。

”人の話を理解していない人”つまり”人の話を曲解解釈する人”の事です。
例えば此方は一生懸命”A”という事象について話しているのに何故かその人の頭の中では”B”という解釈になり全然話がかみ合わない人がいます。

これは”人の話を聞いていない”のではなく”思い込みが激しい人”です。
そしてこれは”常態行動”にその謎を解く鍵が隠されています。

その人の人生の中で或る話題において”A”ではなく”B”に至る結果が多かったとします。

しかもそれで”A”という選択をして何らかの不利益を蒙ったとします。
すると人間の危機回避能力が働き脳は無意識に”B”という選択をするよう動きます。

所謂”条件反射”という奴、心理学でいう”刺激と反応”という奴です。
こういう人は何も考えずに或る事象には”B”と反応するという風に脳内でプログラミングされているので一切の理屈は通じません。

その人の中で”B”という選択が正しいとなっている以上それを覆すのは容易ではありません。

これを改善する方法は二つ。

その人が人生に於いて余り関わりが薄い人ならばなるべくその話題は避けて或いは避けて通れない場合は相手より先んじて答えを導き出し相手の感情の高ぶりを抑える事。
相手は先んじて物を言われると所謂”沸点”を奪われて怒りの方向を失います。
そうなるとその人自身不愉快なのでその話題を避けるようになります。

二つ目は依存症改善にも使う方法ですが”嫌悪療法”という方法を使う方法です。

私の場合を例に取ると依然或る地下鉄の改札で”お手伝い不要”と何度も言っているにも関わらず同じ駅員が”何方まで?”と杓子定規に聞いてきていい加減辟易としていたので一度思い切りブチ切れた事があります。

勿論ブチ切れはフェイクです。

その場所では余りキレて居なかったので当然改札の駅員は面食らいます。
それを何度か繰り返す内”こいつに行き先を聞くとキレられて面倒”という風に脳が学習をします。

すると無意識的に脳はそれを回避する方向へ行くので以降行き先を聞かなくなりました。

同じような場面で兎に角鬱陶しい連中には敢えてブチ切れて嫌悪感を与えそれを回避する方法を取りました。

これが年中キレている人ならば効力は薄いですがそうでない場合は効果は絶大です。

この方法は心理職スキルとしても実は使えます(笑)

通って来る同胞にやめさせたい癖がある場合その癖を出した時だけ滅茶苦茶キレます。
すると相手は最初面食らいますがそれを何度か繰り返している内に段々やめていきます。

今度はその行為自体をすると私の怒る顔が浮かんできて恐ろしくなりやめていきます。
こうやって他の人の時もその行為をしなくなりその人が日常生活を円滑に送れるようになるのです。

”怒る”という物も結構やり方によっては様々なバリエーションがあり効果も様々です。
私は基本”褒めて伸ばす”タイプの人ですが悪癖は”怒ってやめさせる”タイプです。

脳への刺激を如何に効率的に行いそれらをより良い方向へ導くか?
心理職の腕の見せ所でもあります。

2013年4月11日木曜日

『生理不順の心理学〜或いは生物学的種の保存法則の心理学』


生理不順というと女性特有の病でそれらはストレスが原因で起こる事は広く知られているが実はこれ女性だけに起こる病ではない。

確かに生理自体が男性に起こる訳ではないが生理不順自体がホルモンパランスが崩れる為に起こる病理現象。

それは女性性及び男性性の欠落が原因で起こる病である。
男女共それぞれ生理学的には両方のホルモンを有しそれでバランスを整えている。

されど主人格ホルモン、この場合男性の場合男性ホルモン、女性の場合女性ホルモンの分泌が抑えられるとそれらの欲求不満が体に出て抑えられてますよ?と知らせてくれる。

それが言わば生理不順となって現れる。

女性の場合は読んで字の如く生理が早かったり遅かったりするが男性の場合、便通が悪くなったり良すぎたりという形で現れる場合が多い。

それらを改善する方法は自らの主人格ホルモンを意識して放出する事が大事である。

例えば付き合って数年経ったカップルとか結婚して10年以上経過した夫婦だと自らの性を意識する場面は段々と激減し日々の生活に追われるようになっていく。

そうすると上層意識(顕在意識)からは遠ざかるが下層意識(潜在意識)はしっかりとそれを記憶しておりそれらの欠落が段々とストレスとなって来る。

更に人間には理性と言う生物学的には不要な物まで付随しているから余計厄介。

例えば大事な仕事の最中等は主人格ホルモンが多く分泌される為正直性欲は高まる。

されど大事な仕事を任されている最中に性交等する暇も余裕も無いのが現状。

更にそういう事を考える事自体が不謹慎だとする風潮が古くから日本にはある。

”武士は食わねど高楊枝”的思考はイギリスの上流社会と同じ貴族意識の現れである。

明治以降士農工商撤廃後、武士は貴族階級となったのがその一番の証拠である。

されど生物学的及び生態学的には極めて理に叶った生理現象である

人間危機が迫れば迫る程生物学的種の保存法則に則り種の保存欲求が高まる。

そしてそれは種を保存し種を残す側の女性の方が強く出やすいといわれている。

危機的状況に陥った時そういう欲求が湧きやすいのは生物学的には女性の方が多い。

それは女性の方がエロいという訳ではなく生物学的種の保存欲求が強い為である。

これは母性が成せる業でありエロいという事とは又別物である。

性交欲求が必ずしもエロいという訳ではないという事がこれでお判り戴けたと思う。

人間には理性が有りそれを抑える事が出来たが故に精子も卵子もより熟成され良質の優勢遺伝子を遺す事ができてそれが今の人類の繁栄に大きく寄与している。

されどそれも限度物。

今度はそれが常態化されると少子化問題が勃発してくる結果ともなる。

今の人口爆発状態においてはそれも大事とする向きもあるが長期的には減少傾向にある。

局地的には増えていても全体的には人類の数は減少傾向にある。

それも又、人類が自然を破壊し生物が住みにくい星に作り変えた言わば報いである。

生物が住みにくいという事は詰まる所その生物の一人である人間も住みにくいという事。

確かに不便さは成長の糧とも言われるがやはりそれも限度物でそれを超えると種の保存欲求が減る結果になる。

これ以上人類の繁栄を人類自らが閉ざすような愚行はやめるべきであろう。

その為にも自然との共生の道を真剣に模索すべき時が来ていると私は考えている。

2013年4月8日月曜日

『常態行動心理学的視覚影響論』


例えばヤクザ映画を見た後、映画館から出てくる若者を見ていると肩をいからせて風を切って出てくる人を見かけますw 

こういう人は右脳的作用が強い人であり場の影響を受けやすい人です。
例えばとても素敵な人と出会い翌朝鏡を見てみると少し自分も輝いて見える。

これも又、右脳的作用が強く場の影響を受けやすい人です。

良く飼い主に動物が似ると言われていますが実は逆です。
飼い主が動物に段々似てくるのです。

人間は恒温動物であり爬虫類のように自らの体温を自らで変化させる事が出来ません。
故に服を着脱する事で体温調節をしているのですが自らで変化させる事が出来ないのは意識的な部分であり生態学的には無意識的に環境に自らの体を微妙に変化させています。

恐竜絶滅後小動物であった哺乳類や爬虫類が生き残れた一番の理由が其処に有ります。
恐竜は体が大きい分環境における変化の影響をモロ受け易くそれが絶滅に繋がりました。

それを地下でずっと見ていた哺乳類や爬虫類は進化の過程において自然界に自らを合わせる術を遺伝子レベルで身につけそれにより現世まで生き残ってきました。

もう一つ、環境に合わせられる物が居ます、それが植物です。
先も述べました通り昨今の花粉症患者急増の裏には地球温暖化により花粉の着粉率が低下した為にその着粉率を上げる為に花粉の飛散量が増えたのです。

これも又、環境に適合し何とか子孫を残そうとする生物学的及び生態学的進化過程です。

例えば『冷や汗をかく』と言いますがこれも実際に汗を冬場なのにかいています。
それも生態学的に視覚及び五感で危険を察知し脳に知らせる為の生命維持活動の一つ。

『汗をかく』という行為自体が体に異常が発生している事を知らせるサインだからです。
自らの体に異変起こり危機迫っている事を知らせる為『冷や汗』をかき知らせるのです。

このように視覚的にそれらを捉える事で脳はそれをよりリアルに認識し体を作り変えて行きます。

女性にとってウインドーショッピングが楽しい理由も実は其処に有ります。

視覚的にそれを捉える事で脳はそれを実際に試したかのような満足感を与えます。
男性だって絶世の美女がずらりと並んでいたら無意識的に視線を向ける筈、それと同義。

安上がりと馬鹿にするべからず、実は尤も人間的行動の一つなのです。

欲しいから手に入れるというのは極めて動物的思考です。
されど人間には理性がある、それが動物とは違う所。

故に理性的に自制をする事でより人間的生活を送る事が叶います。

その意味において欲求を直ぐに満たしてしまう百均等はそれらの自制力落とす愚行。

最近は『100均症候群』なる精神疾患すら出てくる始末。
安い安いと買い続けている内に気付いたら物で溢れお金もなくなっていたという病。

これをやめさせるには安い物で満足する脳を高い物で満足する脳に作り変える事。

安く薄い満足ではなく高い深い満足の方に価値を見出すこと。
その事により常習性をなくしこれらの常習性疾患は改善が可能です。

『安物買いの銭失い』とならぬよう御用心御用心。

2013年4月6日土曜日

真のアンチエイジングとは何か? それを常態行動心理学的に解析す


我が元には”昔に戻りたい”と切望する多くの女性が来訪されます
私は魔法使いじゃないので逆戻りの魔法を掛けれません。

されど年齢を問わず若々しくさせる事はできます。

真のアンチエイジングとは若返りではなく若々しさを保つ事です。
それは若作りとは違います。

年齢に即しいながらも年齢を感じさせない可愛らしさや色艶がある事を示しています。

加齢に伴い重力に従う御自身の胸を嘆かれる淑女の方が良く居られますがそういう方には胸筋を鍛える事をお勧めしています。

胸が垂れ下がるのはその胸を支える胸筋の筋力が失われそれに胸自体の弾力が加齢と共に失われるからです。

胸筋が鍛えられれば支えが丈夫になり弾力はそれを意識する事で上がり結果重力に逆らって上を向きます。

何より加齢を嘆くのではなく加齢によって出てくる艶や深みを楽しむ事。そして不必要なアンチエイジング商品の情報を見聞きしない事。

商業主義的アンチエイジングの多くは体に負担を掛けます。
何故なら本来加齢によって衰えて行く機能を補う為に様々な補完機能が働くのを無理なアンチエイジングにより止めてしまうのですから。

それは結果的に寿命を縮め細胞をより老化させる逆効果です。

我々はそれをメンタルを変える事で一切のサプリや機材を使わずに実行し成果をあげています。事実齢70を過ぎた妙齢の女性が自分の息子より下の彼氏を数名侍らせさせたケースすらあります(笑)

彼女は最愛の夫を病気で亡くし失意のどん底にあり何時後追い自殺をしてもおかしくない状態でした。それをご子息が見るに見兼ねて我が門をお母上様と叩かれたのです。

私は言いました、今を悲しみ後追い自殺をする事を亡くなられたご主人が望まれるでしょうか?と。逆の立場ならばそれを望まれますか?と。
本当にご主人の事を思われるのであるならば何時迄も若々しく元気で幸せに暮らしている姿を見せ安心させる事こそ大事では?と。

それから一切御家庭では年齢を意識させる会話や物は禁止としそれを感じさせないセラピーを開始しました。

最初こそ戸惑いや後ろめたさがあったようですが粘り強く辛抱強くやっていく事で徐々に気持ちが上向きとなり上記の結果を生みました。

彼女は今でも言います。

主人が今の私に嫉妬して戻ってきてくれないかな?と。
多くの若い彼氏が居てもやはり彼女の中でご主人が唯一無二の存在

それがあればこそ若々しく元気でいられるのだと思います。

既に故人ですが弔問には大勢の彼氏さん方々が訪れそれは立派なお葬式でした。

きっと今は愛しい旦那様と天国で寄り添っておられる事でしょう。

2013年4月5日金曜日

『類は友を呼ぶ』の常態行動心理学的解釈〜或いは緊張すると食べられない常態行動心理学的根拠〜


一般的に『類は友を呼ぶ』と言うとその対象は人である場合が殆どである。

されどこの場合の”友”とは何も人だけを示さない。

人が作る”物”も又、”友”の範疇となる。

例えば創造的職業の人がガラス細工や毛織物等繊細で芯の強い物を選ぶとしよう。

それはその人自身が”繊細で芯の強い人”でありそういう人が作る物を好む傾向にある。

故に我々はその人が選ぶ物を見ただけでその人がどういう性格なのかがわかる。

人間何時も自分が好む物を選択するとは限らない。

時にはその選択を”見せる為”の選択をする場合もある。

更にこれが意識的な物と無意識的な物に分かれる。

例えば普段呼ばれないような場所に呼ばれたとする。

目の前には豪華な食事が並び欲する物が目の前にあったとする。

普段の自分ならば迷わずダッシュして欲しいだけ取り食べたいだけ食べるだろう。

されど周りは皆さん紳士淑女で落ち着き払った方々の集まりである

自分とは身分も収入も桁外れなれどここで恥ずかしい真似をしたくない。

となると衝動を抑え少しずつ食べ、結果十分な満足を得られないまま帰宅となる。

というケースは結構ある筈である。

例えば恩師の家に呼ばれ緊張の余り食事が喉を通らずこれまた美味しい食事を逃す事も。

これは実は五感情報が関係をしている。

五感は全ての情報を集めその情報を脳に送り脳は今の自分のいる場所でのソーシャルポジションを瞬時に解析その後それを五感にフィードバックする。

その脳からの指令を受けた五感が各器官へ情報と伝達する。

これが実は”場の影響性”という物である。

つまり緊張という状態を作り場の中での孤立化を避ける為である。

これは極めて生物学的及び生態学的な人間の生存本能の一つである

なるべく目立たず周りの色と合わせる、その為に五感情報をフル活用しそれをフィードバックする。

そうやって自らの身を人間は常、守っているのである。

小心者だと自らを貶めるなかれ、それこそが人間が人間たる証である。

寧ろ自らの欲求の方が勝り場の空気を読めず自己欲求を満たす事だけに終始する方が余程ヤバイのであるw

そういう場の空気を読み胃が痛む自分の方がより人間的である。

そういう自分が嫌だとする向きもあるが私は案外そういう人の方が好きである。

そういう人間が一人でも多く増えてくれれば争い事は随分減るのではないかと思う。

これからも我々はそういう人を守りながら皆が笑顔で居られる環境づくりをしたい。

そう願っている。

と言う事で今日も最後のフォンセッションを終えそろそろ休ませて戴きます。

皆様方も良き夢をm(_ _)m

2013年4月3日水曜日

『多幸論と性幸説』


性幸説とは私の造語であり性善説や性悪説と同じ意味合いであり人は生まれながらにして幸せになるべくして生を受けており幸せを享受出来ない環境に身を置いているならばその環境を改善すべしという論である。

多幸論も我が造語であり読んで字の如く如何に多くの幸を手にいれられるかそれを主眼に論を展開した物である。

意外と思われるかもしれないが感情という物は人間だけが持っている物ではない。
動物は固より魚類や植物、鉱物等無機物すらも持っている物である。

感情とは生物学的及び生態学的には生理現象の一つであり生命維持活動の一つである。
例えば怒り、激しい怒りを持つ事で一時的に生命維持装置が外れ並外れた力を発揮する。
それはそれを行う事で目の前に有る危機を回避する為に必要な物だからである。

例えば喜び、これは細胞活性力を高め寿命を伸ばしウイルスを撃退する力となる。
更に力を増強させ外敵から身を守る力を得る為に必要な物である。

感情とは心が感じる物であるがその元は生物学的な生存反応である。
生存反応である限り所謂”心”を持たぬ物であってもそれがあっても不思議では無い。

だが裏を返せばそれを”心の反応”とするならば全ての存在に”心”が存在するとも言える。
私は寧ろ此方の方を推したい人である。

人間や動物だけに感情があるのではなく地球上に存在している全ての物に感情が有るならば全ての物に”心”があっても何ら不思議はないと思うからである。

例えば物が壊れるという事象をそのお役目を終えたと捉える人がいる。
或いは人間の身代わりに自らが壊れる事で人間の危機回避をしてくれたという人もいる。

少し前京都の東寺で求めた毘沙門天様を初めとした七福神が刻印された木数珠を喪失。
それから暫く運気が低迷したがその後運気は急上昇し今が有る。

知人は私の身代わりに悪い物を全て持ち去りそのお役目を終えたのだと言ってくれてる。
私もそうだと思うしそうだと思いたい。

例えば日本人形等はずっと小さい頃から一緒にいると魂が宿り持ち主が亡くなった頃から髪が伸び始めるといわれている。例えば家も何百年も続く家だと家自身に魂が宿り家人を守ってくれると言う。

私はそれを信じたい。

先も述べたが昨今花粉症患者が多く発生している原因の一つが近年の花粉飛散量の増加にありそれは地球温暖化により花粉の着粉率が落ちた事が原因でそれを上げる為に飛散量が増えたという旨の御報告を差し上げた。

これはあらゆる業種の方々にも賞賛を頂戴し特に生物学、物理学、植物研究者に大きな反響を貰っている。

これも私は植物の”心の叫び”であると認識をしている。

これ以上地球環境を壊さないで、これ以上仲間を殺さないでという切なる植物の心の叫びであると認識をしている。

私は蒲公英を見つけると軽く撫でてあげる。

すると蒲公英は風も無いのにふるふると震えてまるで喜んでいるかのようである。
私は植物や鉱物その他地球に存在する全ての物に心が存在すると信じている。

そしてそれら全ての存在に存在意義がある限り多幸論は適用されるべきだと思う。

今日の国会答弁で”情けは人の為ならず”という解釈の論議がなされていた。
本来的な意味は”情けを人に掛けると巡り巡って自分に戻ってくる”という意であると某国会議員は説いていたが私はこの解釈に私独自の解釈をもう一つ加えたい。

”情けを掛ける存在は人だけでなくその人に情けを掛ける事で人を含む全ての存在に幸が巡り巡ってくる為である”とする解釈である。

今と違いこの解釈が出た当時はまだ神仏を崇拝し自然神の存在を信じていた時代である。
こういう解釈が有っても私は決して間違いではないと思う。

幸せになる権利、そして多くの幸せを享受する権利を持っているのは人間だけではない。
地球上に存在する全ての存在に等しくその権利は存在していると思っている。

地球上の生き物全てが生き易い環境は人間にも住み易い環境の筈である。
何故なら同じ生き物だからである。

それどうか失念されずこれ以上地球環境を壊さないで欲しいと願う。

2013年4月2日火曜日

『羞恥心の心理学〜或いは生物学的艶の心理学〜』


羞恥心が人を美しくします。

羞恥心が細胞活性を増進させ肌艶を増しハリを与えます。

一部の若い女性は若さを取り違えている人が多い気がします。
銭湯の女風呂で前を隠さないとか平気で大欠伸をするとか興ざめです。

羞恥心がないと細胞活性がならず肌艶も上がらず加齢と共にその衰えは大きく出ます。

子供を産むと意外ですが母性が生まれそれがフェロモンやドーパミンやオキシトシンの増進がなります。

それは子供を守らなくてはいけなくなるからです。

女性がそれを成す為には相手を魅了するのが最も効果的です。
子供を産めば生む程艶は増え女性性は増します。

つまり加齢と共に生物学的色艶は増すと言う事になります。

我が元には加齢と共に配偶者に相手にされなくなりそれが元でお心を病まれ門を潜る方も少なく有りません。

そういう方には加齢と共に増す色艶の話をしそれをUPさせる方法を伝授差し上げてます。

すると色艶は格段にUPし多くの殿方から注目を浴びる事になります。

すると雄の征服欲求が高まり更に縄張り意識が高まり旦那の愛を再び取り戻せます。

されどそういう旦那に愛想尽かしをし若い男性と第二の人生を歩む方も多数います^^;

私は母親だからと言ってそれを我慢する事を反対しています。

例えば旦那の物理的及び言語的DV或いは素行の悪さ等に苦しめられている女性を数多く見させて戴きました。多くの女性は”子供の為に”懸命に耐えておられる方々ばかりでした。

されどそれは幼児教育において良い事にはなりません。

逆を考えて見られたらそれは一目瞭然です。

母親が自分の父親に虐げられている場面を子供に見せる事はそしてそれを我慢している姿を見せる事は子供の中ではそれらの肯定と脳は認識し同じ行為を大人になり繰り返します。

それは母親がちゃんとそれを拒否らない事でそれを正しい事だと認識するからです。

結果負の連鎖は断ち切れず連綿と繰り返される事になります。

DVを受けた子供が大人になりDVを繰り返すと言われる理由の一つがこれです。

それを肯定してはいけない、肯定させてはいけないのです。

本当にお子さんの事を大事と思い本当に愛しているならば環境を変えるべきです。

その為に我々は出来る限り精一杯の援護を惜しまず行っています。

法的機関と連携を取り、警視庁と連携を取り二次被害拡大阻止に務めています。

同時に母親の女性性をUPさせ回りに殿方を多く配しそれを糞旦那からの攻撃の盾とするようにしています。

母親が強くなれば子供が見て学習し父親の行動が社会的に間違っている事を学習します。

そして父親の行動を憎みその行動を忌み嫌い大人になってもそれを繰り返しません。

真にお子さんを守りたいならばまず御身を守る事を、御身が幸せになる姿を見せる事。

それが御子を幸せにする親の義務だと私は考えます。

この考え方は西洋的思考で欧米諸国の女性には多く支持を頂戴できました。

故に欧米諸国では離婚はフリーになれるという事でお祝いをする風習があるそうです。

離婚をポジティブに考えるお国柄が出ていると思います。

私はこの風習を日本にも根付かせたいと思っています。

その為に自分ができる精一杯をこれからも頑張って行く所存。

今も多くの悩める奥様方を良き方向へお導き差し上げて居ます。

私は人は生まれながらにして幸福であるべきだというかあ生幸論者です

天文学的数字から精子と卵子が結びついて生まれ出た魂です。

現世は魂の修行場とはいえそれも楽しみがあればこそです。

楽しみがあればこそ修行も耐えられます、楽しみがなければ修行も耐えられない。

その楽しみを与えるのが我々心理職のお仕事だと認識をしています

もっと人生を謳歌しましょう、もっと人生を楽しみましょう。

と言う事で今日も最後のフォンセッションを終えそろそろ休ませて戴きます。

皆様方も良き夢をm(_ _)m