2011年1月18日火曜日

色彩影響心理学と精神病理について

一部の精神医学界の通説の中に『メイクが変な人は心を病んでいる人が多い』という説が在る、所謂俗説である。

だがこの俗説、俗説と言えど案外馬鹿にできない、それは『目から入る情報が脳に与える影響』が大きいからである。

例えば女子プロの悪役レスラーのあの毒々しいメイク、あれは見る物を恐れさせる効果だけでは実は無い。

リングに上がる前その顔をじぃっと見つめ”悪役”になりきる為に必要な行動なのである。

色を一つ一つ載せていく毎に”自分は悪役レスラーなのだ”と脳に刷り込ませていく。
そしてある種の麻痺感覚を起こさせてリングに上がっていくのである。

故に彼女・彼らはあれだけのエキセントリックな戦法を取れるのである。
メイクマジック(といても巨人に非ずw)は案外馬鹿に出来ないのである。

色彩影響心理学とは読んで字の如く色が人の心に与える影響に就いてである。
人にはそれぞれ固有の好む色と嫌う色が在る。

春は明るい色、夏はビビッド、秋は淡く、冬は暗いという風に大体其の季節で似合う色と言うのは決まっている。
だがそれとは別に個々人が”好む色”と”好まない色”という物が在る。

色彩影響心理学は最大公約数的見方ではなく寧ろ最小公倍数的見方で心理分析を行う。
こういう集団乃至はこういう個人に対してはこういう色を使うとこういう影響が出るという事を研究する心理学である。

それが解ると例えば顧客獲得に繋がったり就職を有利に運んだり人間関係を円滑に運ぶ事が出来るようになる。
まさか!と馬鹿にする無かれ、先に述べた通り”色が脳に与える影響”は決して少なくないのである。

それが一度、二度と蓄積されていけばより脳に刷り込ませる影響は大きくなる。
更にそこで色を反転させ真反対の色を使う事により更に明確に脳に印象を付ける事も可能なのである。

高が色、されど色なのである。

2011年1月15日土曜日

好き嫌いと摂食障害の心理学~或いは思い込みの心理学~

過日、我が一番弟子の青井氏より
『子供の好き嫌いは摂食障害と成り得るか?』というご質問を頂戴した。

中々鋭い質問をすると何時もながら敬服の至り。

私の見解はこう。

『子供の好き嫌いは私自身の経験も顧て刷り込みによる物が多くそれが摂食障害と位置づける事は少々困難である。大人になってもそれがそのままである場合は其の可能性も否定は出来ないが』と言う回答を差し上げた。

私自身椎茸嫌いのきっかけは黒揚羽の黒と椎茸の黒が同じだったからというのがその理由である。大人からすれば”バカじゃないの?”と思われるが子供の思考等其の程度の物である。だが当の本人にしてみれば冗談でも嘘でもなくリアルである

それを大人の解釈で小ばかにしたり強引に事を進めると余計嫌い度が増すか、最悪人間不信に繋がり其の経験が後に大きな心の病を生む土壌となる場合がある。

幼少期に於ける他愛ない心の傷が大人になって発症しとんでもない結果を生む例を職業柄何例も見てきている。だが多くの精神科の先生はそこまで記憶を遡らず現状分析のみで判断なさる。

これはとても危険な行為であり明らかなる誤診。
心と言う物は常、多角的に分析をせねば其の真実は解明が出来ぬ物。

目の前に在る事象のみに捉われ真実を見失わぬようしたい物である。

2011年1月13日木曜日

『心頭滅却すれば火も又涼し』或いは心理学的防寒対策法

『心頭滅却すれば火も又涼し』…昔の人はさらっと無茶な事を言う物です(笑)
そんなもん幾ら『心頭滅却』しても『火が涼しく』感じられる訳がありません^^;。

もしも本当に『火が涼しく』感じられるので在るならばそりゃあどこか感覚が麻痺を起こしているとしか思えません(笑)
ですが心理学的に『涼しく』はできなくても『暑さを抑える』事は出来ます。

逆を返せば『寒さを抑える』事も出来ます。

例えば本島から雪国の離島へ移動した際『思っていた程寒くなかった』と言う経験を持たれた方はきっと多い筈。
これは人間の”思い込みの誤動作”が引き起こす物

つまり、雪国=滅茶苦茶寒いという情報が既に頭の中に在る為に体自体が”防寒”モードに入っている為、
実際の温度よりも若干高く感じられる為である。

なればこの”脳の誤動作”を利用すれば今の寒さを少し和らげる事も可能。

最初から頭の中で北海道や青森等の雪深い場所の酷寒のイメージを持ちます。
想像しただけで震えがきそうですがそれを記憶したまま外へ出るのです。
すると頭は先程の映像を記憶し体も其れを覚えていますから案外寒さを感じない。

これこそが脳の不思議と言う物です。

2011年1月6日木曜日

ムラ社会の心理学~社会民族学から精神心理学への心理学的アプローチ~

題名は厳ついですが内容は何時ものようにゆるゆるです。

年末年始結構な数の診療のご依頼を頂戴し、今の所有り難い事に今月の予定はほぼ埋まりつつあります。
まぁ何度も申し上げている通り私のような職業が儲からない社会というのが本来的には望ましい社会であります。

私自身は私のような職業の者が一日も早く廃業乃至は転職しなくてはいけなくなる社会となる事を望んでいます。
大抵の場合心理職をやっている人間は人の”心の機微”が解るので著述業には向いています。

そっちで大半は食っていけるので(本物の心理職なればですが^^;)問題は無いと思っています。

閑話休題

ご依頼の都道府県を見てみると中央よりも圧倒的に地方が多い、此れが今の傾向です。
人口増や就職率、生活費の高さなどから一般的に田舎より都会の方がお心を病まれる方が多いように見えます・

ですが実際は逆、都会より田舎の方がお心を病まれる方が多いのです。

理由は幾つか有ります。

一つには典型的『ムラ社会の風習』に有ります。

今の個人尊重主義は近代以降の風潮であり今だムラ社会に於いてプライバシーを守ることは難しい状況にあります。『向こう三軒両隣』的で『隣は何をするひとぞ』と覗きに来る人が多いと聞きます。
実際我が居住区を見てもご近所さんが”何でそんな家庭内の内部事情までアンタしってんの?”という位詳しい(笑)
コップを壁につけているか或いは盗聴器でも仕掛けてんじゃないの?と疑いたくなるほどです^^;。

又『ムラ社会に於けるネットワークの情報伝達率の高さ』もその一つ。

何か事が起これば一日所か1時間もあれば村中に噂が広まります、しかも事実にかなりの尾ひれ雌ひれが付いてw
これでは個人的に何かをしようとか成そうと思っても無理で中々ムラ社会に於ける『個』を持つ事は困難を極めます。

更には『ムラ社会に於ける因習の伝承率』も其の一つ。
今時そんなの流行らないよと鼻で笑いたくなる程、ムラ社会という物は伝統とか格式とかを重んじます。

伝統や格式は其の時代時代に沿って作られた物でありそれらは本来的には可変的で在るべき。
しかしムラ社会に生きる人たちにとってそれは”聖域”であり冒さざる領域であり守るべき掟のようになっています。

そういう”精神的閉塞感”が個人主義の特性と反発しあいその結果お心を病まれる方が多いのです。
さりとて御心病まれているので都会へ出るのが怖く中々悪循環から断ち切れないというのが実情です。

”田舎ですらやっていけないのに都会でやっていける筈が無い”と思い込んでる、これこそが”負の刷り込み”です。
その”負の刷り込み”を”正の刷り込み”に変え田舎よりも寧ろ都会の方が住み易い事をお教えする。

そして何より”ムラ社会から脱却する事”をお教えする、それが私の仕事であると私自身位置づけています。

其の為には先ず何より”ムラ社会に住む方々”へ向けて”自分は○○である!”と自分自身をちゃんと言える事。
誰が何と言おうが私は私である!という事を揺ぎ無い自分自身に対する自信を持つ事。

それこそが”ムラ社会脱却の鍵”であると私は考えています。

”伝統や格式”を守る事も勿論大切です、それらは”歴史”であり”人々が生きてきた証”でもあります。
されど”伝統や格式”に”縛られすぎて””個を失う”となるとこれはもう”伝統や格式”で片付けられる問題に非ず。

先人たちが”生きていく上で見につけた業”は現代人が又、現代で”生き抜く上で身に付けた経験や知識”でもって作り変えるべきは作り変えていく、そういう柔軟性を持たせてあげたい。それが”ムラ社会存続の鍵”であると考えます。

2011年1月4日火曜日

時代劇の心理学~何故年末年始に時代劇が多いのか?~

年末年始ともなると各局でやれ大河の終盤だやれ大型時代劇だと時代劇花盛りである。
80年代お茶の間を席巻したゴールデンタイムの時代劇の波は徐々に年末年始に追い遣られた形となった。

では何故年末年始に時代劇が流行るのか?実はこれはある種のプロパガンダが含まれている。
今の時代右を見ても左を見ても”ついていきたくなる指導者”の存在という物が随分昔と較べ少なくなった。

昔はロンヤス時代の中曽根首相、ロナルド・レーガン大統領、毛沢東主席、サッチャー首相など名立たる指導者が居た。
色々諸説は在るがそれでも長きに渡り政局を運営してきた事は間違いが無い。

だがここ数年はどうであろうか?数年だけじゃない、1年を振り返ってみても自国内で何人の総理大臣が交替したか。
同じ自国民としては甚だ残念であり恥かしい限り、そしてそれは恐らく国民の総意でも有る筈である。

幾ら日本国民が他国民と比べ暴動やデモなどを起さない単一民族国家人とは言え国民の不満や不安は今や頂点に達しつつある。それこそ下手に刺激すれば”蜂の巣”を突いた様な大騒ぎに発展しかねない状況に在るといっても過言ではない。

それ故国民の目を余所に逸らし溜まりに溜まった溜飲を下げさせる必要が在る。
その役目を担うのが実は時代劇なのだ。

昔の名君、名軍師、名将軍の采配を見て”あぁ、これこそが国を預かる乃至は国を補佐する者の最たる物だ”と得心し
満足し心の中の溜飲も下がる。

人間は上がった溜飲が一度下がると又上がるまで結構な時間が掛かる物である。

其処で年末年始ともなるとこぞって時代劇を流し国民の不満の矛先を変えていると言う訳なのである。
多分、こういう見方をしているのは私くらいな物でしょうねぇ、根がひねくれてますから(笑)

2011年1月2日日曜日

お正月雑学あれこれ

1)意外と知られていない事だが『初夢』とは12/31の夜に見る夢の事ではなく1/1の夜、つまり今日の夜見る夢が『初夢』である。年が変わった日の夜に見るのが初夢だとされている。
2)元旦に神社へ参詣し御神籤を引かれた方も今日は多かったのではないかと思います。もし大凶や凶を引き当ててしまっても落ち込む事は有りません。寧ろそれは大吉よりも強運なのです。
...何故なら事前に危険が起こると解れば当然慎重となり危険回避が可能。大吉から吉までには救済が少ない。多くの救済措置が書かれているその分幸運なのです。私も数年前お正月に大凶を引き当てました、家族全員が大吉を引き当てる中(笑)ですがその年私は心理学講師となりその後道が開かれていきました正月に見た御神籤の注意事項を忠実に守り実行してきたお陰です
このように大凶でも好運を手にする事は出来るのです。運命を切り開くのは神でも仏でもなく自分自身。あくまで御神籤はその指針の一つに過ぎません。
 
3)お正月に御節を食べる風習が有る家もまだまだ多いと思います、我が家も同じ。本来御節は1年間家事育児に働きづめのお母さんを休ませて上げる為の物。故にご飯物を廃しおかず中心で且つ暖める必要がない物が詰められている。年始位お母上様を労って差し上げてください。...又、今の御節には生類系も有りますが本来は精進料理と同じく生類系はなし。三が日くらい折衝をせず仏の心で戴きましょうという教えからです一家の大黒柱を労う事も大切ですが三が日くらい山の神様も労いましょう(笑)
 
4) 今は風習として大分廃りましたがお正月といえば独楽を回したり羽根突をしたり凧揚げをしたりカルタ取りをして遊んだ物。そしてこの凧、何故烏賊や鯛ではなく凧なのか?皆さんご存知ですか?
風の抵抗等構造上の問題だけではなく実は凧の足の本数に由来があるんです。...凧の足は八本。
この『八』と言う漢数字が『末広がり』であるという事から未来が開けるようにという願いがこめられての事。故に陰陽道にも凧揚げ祈願という厄除け物が有ります。

5)お正月の『カルタ取り』実はこれ江戸時代から伝わる今で言う『情操教育』の一環。寺子屋で文字を覚えられるのは当時は武士階級以上の子。農民以下の子は寺子屋に通う事すら困難でした。それでも何とか読み書きだけでもと考えられたのがカルタ。故に万葉集などからの引用句が多いのです。...子供に楽しく学んで欲しいという親の願いは今も昔も変わらないと言う事ですね。

新年に思う~或いは既に1日オーバーだった件(笑)~

一年の計は元旦に在り。そして今日は二日目(笑)

本来ならば元旦に所信表明をする物で在る。
だがご同業者様から去年頂戴したお酒が美味過ぎて昨日は飲みすぎダウン(笑)

故に今更ながら今年の私の目標を述べてみたいと思う。

去年セラピスト暦20年を迎え今年は更なる20年へ向けての最初の年となる。

そこで新たな事に今年は様々な挑戦をしてみたいと考えている。
時に無謀と思えるような事にも兎の如く元気に頑張りたいと願う

今愛方はパワーポイントの勉強中、去年もPCの資格試験に合格。
そんな愛方に触発されたか私も何かやってみたいと思うようになった。

資格試験の勉強は時間的にも厳しい物が在る。
そこで自らの芸術性を高める事に今年は主眼を置いてみたい。

意外と思われるが私は元々画家志望であった。

漫画少年であり小学校時代は漫画倶楽部に所属をしていた事も在る。
こうみえて(どうみえて?)同人ソフトも仲間を募って(というより私は参加した側)販売していた事も
(勿論私は文章担当であったが^^;)

だが壊滅的に芸術センスが無く泣く泣く諦めていた。

同人仲間には脊椎損傷でマウスパッド1枚分しか手が動かせない絵師の人も居た。
氏の芸術性の高さは誰しもが認める所であり今グラフィックデザイナーとして八面六臂の活躍を…。

元々私が絵画好きとなったきっかけを作ってくれたのは亡父であった。
絵画鑑賞と絵画収集が趣味で色々な美術館や展覧会に幼少期良く連れて行って貰った物だ。

今でも絵画鑑賞は趣味の一つであり暇があれば結構遠くの美術館まで足を運ぶ事もする。
一心理療法家としても絵画はとても勉強になるからだ。


だが一度画家への道を諦めた筈の我がipadの中には描画ソフトが数本収められている^^;
中には3Dレンダリングソフトというかなりハイスキルを求められる物まで(笑)

だが『下手の横好き』とはよく言った物。
年末から『黒板』ソフトで『下手の横好き』を描き続けている。

Twipicにお目汚しながら作品をアップし続けているがこれが評判が悪くない^^;
評価があれば頑張るのが私、今年は此方の方面にも力を注いで見たい。