常態行動心理学者の瀬木と申します。 ”常態行動”とは人間が普段、無意識的に行っている行動の事。 例えば朝起きて歯を磨き朝食を食べ、仕事をして、昼食を食べ、仕事再開し、帰宅、夕飯食べて、歯を磨いて寝るという一連の行動形態の事を指しています。 その”日常生活の無意識行動”の中に実は様々な問題が内包されている事に多くの方は気付いておられない。その諸問題を解決する為、何かと難しいと思われている心理学と言う分野を解り易く生活に根ざしたテーマを元に説明させていただきたいと思っています。
2013年10月31日木曜日
『常態行動色彩印象言語心理学』について♪
『常態行動色彩印象言語心理学』とは我が2000を越えるオリジナル心理学の一つである。
言葉の持つ色彩的意味合いから人の心を探る物であり例えば林檎→赤、悪人→黒、病院→白といかう風なイメージカラーの事である。
此れはテレビや雑誌などから得られる五感情報から人が無意識にシナプスにより色と言葉を結びつけて記憶している事に有る。
『常態行動色彩言語心理学』ではそれを利用し会話の中に色を連想させる言葉を入れ込む事で脳内にインプリンティング(擦り込み)させこちらの意図する結果を得るようにする物である。
それを実行する為に必要な事は先ず先方の色に対する認識を確かめる事が何より大事である。
先の悪人→黒というのは一般的なイメージだが先方が同じイメージを持っているとは限らない。
或いは全く逆のイメージや異なるイメージを持っている場合もある。
それを知らずして一般的な色彩印象で接すると場合によってはとんでもない悪印象を与えかねない。
それを回避させる為には充分なリサーチが必要不可欠である。
その上で相手の好む色の言葉を挟み込む事で印象度を上げるのである。
此れは相手との場の共有率を上げる効果もありリーダーシップを発揮しなくてはいけない立場の方にも有効な手段であり社員教育や教育現場での生徒指導の際の参考として多くの企業や学校でのセミナーを行いご指導を差し上げている。
2013年10月30日水曜日
『秋季花粉症』にご用心🎶
最近『秋季花粉症』に悩む人が急増し専門医も困惑しているとの事。
何故ならとても風邪と症状が告示しており更に合併症を引き起こしやすいからである。
目の痒みや鼻水、鼻づまりは勿論だが、秋季花粉症の場合、これに咳と発熱が加わる。
咳と発熱は何れも花粉を異物と認識し咳をして追い出すのと熱で殺そうとする二つのアレルギー反応が重なる為である。
更に話をややこしくしているのはそれにより体の抵抗力が落ちて本当に風邪を引いてしまう事にある。
最初花粉症で受診をしている為に風邪と中々気付かず気づいた時にはかなり重篤になっているという物である。
更に悪化すると無気力症候群や最悪のケースになると視線恐怖症や離人症を引き起こす可能性があるからである。
専門医でも判断が難しい為に手遅れとなるケースがある。
対策としては花粉症の治療と並行して体力作りを行い必要以上に体を冷やさない事と栄養を経口摂取で採るという事。
サプリメントでは十分な栄養は補えない。
やはり経口摂取に勝る栄養補給は少なくとも心理学的には存在しない。
それとこまめな水分補給と無理をしないという事。
それだけでかなり予防となる。
これからの季節、我々心理職も多忙を極める。
なるべくセルフケアをお願いしつつ今日も元気に頑張りましょう。
何故ならとても風邪と症状が告示しており更に合併症を引き起こしやすいからである。
目の痒みや鼻水、鼻づまりは勿論だが、秋季花粉症の場合、これに咳と発熱が加わる。
咳と発熱は何れも花粉を異物と認識し咳をして追い出すのと熱で殺そうとする二つのアレルギー反応が重なる為である。
更に話をややこしくしているのはそれにより体の抵抗力が落ちて本当に風邪を引いてしまう事にある。
最初花粉症で受診をしている為に風邪と中々気付かず気づいた時にはかなり重篤になっているという物である。
更に悪化すると無気力症候群や最悪のケースになると視線恐怖症や離人症を引き起こす可能性があるからである。
専門医でも判断が難しい為に手遅れとなるケースがある。
対策としては花粉症の治療と並行して体力作りを行い必要以上に体を冷やさない事と栄養を経口摂取で採るという事。
サプリメントでは十分な栄養は補えない。
やはり経口摂取に勝る栄養補給は少なくとも心理学的には存在しない。
それとこまめな水分補給と無理をしないという事。
それだけでかなり予防となる。
これからの季節、我々心理職も多忙を極める。
なるべくセルフケアをお願いしつつ今日も元気に頑張りましょう。
『人が自慢をする常態行動心理学的根拠について♪』
人が何故自慢をするかお分かりだろうか?
其れは自慢できる物があるから…ではない。
自慢できる物に気づいていないからである。
人が自慢をするのは生物学的生存欲求からで或る。
つまりこれだけの物を持っている自分は強いのだと自己顕示をし自 らの身を守っているのである。
されどそういう人の多くはマテリアルな目に見える物に注視し目に 見えない本当に価値がある物に目を向けない、というか気づいてい ない。
本当に自慢できる物を持ちその価値に気付き認識できている者は自 ら自慢をしない。
そういう人の多くはそれを所持している本人ではなくそれを知って いる第三者がさも自分の事のように自慢をする。
正に『虎の威を借る狐』である。
本当に自慢できる物は外にはない。
本当に自慢できる物は内に有る。
その人の心の中にそっと有る。
多くの人が私には自慢できる物がないと嘆き我が門を叩く。
されどそういう人の多くはマテリアルな物に注視し自らの内に有る 大切な宝の存在に気づかない。
我々心理職はその目に見えない本当に価値があるその人の内に眠る 宝を目覚めさせその人の目に見える物にしていく。
決してその作業は簡単な物でも平坦な物でも無い。
されどその作業なしに本当に価値がある宝を示す事は出来ない。
故に我々はその労力を惜しまずそれを一生懸命示す。
そうまでしてみせたい宝が有る事に気づいて欲しいから。
その存在に気づいた者の目はキラキラと輝き丸で宝石の如く輝いて いる。
そして自信に満ち溢れ決して他者を羨む事をしない。
その満ち足りた笑顔こそ我が最高の報酬である。
その報酬を得たいが為に今日も又、孤軍奮闘するのである。
何故なら私はメンタルトレジャーハンターだから。
其れは自慢できる物があるから…ではない。
自慢できる物に気づいていないからである。
人が自慢をするのは生物学的生存欲求からで或る。
つまりこれだけの物を持っている自分は強いのだと自己顕示をし自
されどそういう人の多くはマテリアルな目に見える物に注視し目に
本当に自慢できる物を持ちその価値に気付き認識できている者は自
そういう人の多くはそれを所持している本人ではなくそれを知って
正に『虎の威を借る狐』である。
本当に自慢できる物は外にはない。
本当に自慢できる物は内に有る。
その人の心の中にそっと有る。
多くの人が私には自慢できる物がないと嘆き我が門を叩く。
されどそういう人の多くはマテリアルな物に注視し自らの内に有る
我々心理職はその目に見えない本当に価値があるその人の内に眠る
決してその作業は簡単な物でも平坦な物でも無い。
されどその作業なしに本当に価値がある宝を示す事は出来ない。
故に我々はその労力を惜しまずそれを一生懸命示す。
そうまでしてみせたい宝が有る事に気づいて欲しいから。
その存在に気づいた者の目はキラキラと輝き丸で宝石の如く輝いて
そして自信に満ち溢れ決して他者を羨む事をしない。
その満ち足りた笑顔こそ我が最高の報酬である。
その報酬を得たいが為に今日も又、孤軍奮闘するのである。
何故なら私はメンタルトレジャーハンターだから。
2013年10月28日月曜日
『学がない』は免罪符にならない常態行動心理学的根拠♪
『学がない』は免罪符にはならない。
学歴を付ける事は様々な理由から困難な方も居られるかと思う。
されど『学歴』はあれど『学』が無い者は数多くいる。
今の政治家なんぞはその悪例。
彼らに『学歴』はあっても『学』はない。
『学』があるなら未だに米国に属国扱いを受けるはずがないからである。
政府の犬となり下がりし有識者会議の面々も又、同類である。
我が元には学歴はなくとも学識はある真の知識人は五万と居られる。
彼ら彼女らこそ国の舵取りに相応しい方々だと思うが生憎国を憂いつつも国の舵取りには全く興味関心がない無欲な方々ばかりである。
彼ら彼女らが求めるは『知』のみ。
功名心など欠片も興味がないらしい。
学識は今の日本にいる限り何処でもつけられる。
新聞テレビ雑誌は元よりネットからも多く得られる。
しかもその殆どがプライスレスである。
高い授業料や受講料を払わずとも幾らでも学識を得られる今は良い時代となった。
最も学識を得られる場所は何処だかご存じだろうか?
大学?図書館?病院?研究室?
何れも違う。
最も学識を得られる場所は人がいる場所全てである。
電車の中、喫茶店、レストランそして行き交う人々の会話の中に学識が隠れている。
何故なら『生きている知識』だからである。
先にのべた場所で得られる知識は主に書物からで有りそれらは『死んだ知識』である。
何故なら日常的に使われてないからである。
知識とは日常的に使われてこそ価値が有る。
その意味において人々の会話の中に眠る知識こそ『本当の学識』である。
学歴は学校を出れば誰でもつけられる。
されど学識は自らが学ぼうとする姿勢無く得られる物ではない。
何方により価値があるかはいわずもがなである。
全国各地で開催している我が『常態行動心理学セミナー』は明日家庭で学校で職場で役に立つ知識を提供させて貰っている。
質問コーナーでは心理学に纏わる様々な質問に直にお答えを差し上げている。
本当の『知識』を得たい方限定でこれからも全国各地で開催していく。
学歴を付ける事は様々な理由から困難な方も居られるかと思う。
されど『学歴』はあれど『学』が無い者は数多くいる。
今の政治家なんぞはその悪例。
彼らに『学歴』はあっても『学』はない。
『学』があるなら未だに米国に属国扱いを受けるはずがないからである。
政府の犬となり下がりし有識者会議の面々も又、同類である。
我が元には学歴はなくとも学識はある真の知識人は五万と居られる。
彼ら彼女らこそ国の舵取りに相応しい方々だと思うが生憎国を憂いつつも国の舵取りには全く興味関心がない無欲な方々ばかりである。
彼ら彼女らが求めるは『知』のみ。
功名心など欠片も興味がないらしい。
学識は今の日本にいる限り何処でもつけられる。
新聞テレビ雑誌は元よりネットからも多く得られる。
しかもその殆どがプライスレスである。
高い授業料や受講料を払わずとも幾らでも学識を得られる今は良い時代となった。
最も学識を得られる場所は何処だかご存じだろうか?
大学?図書館?病院?研究室?
何れも違う。
最も学識を得られる場所は人がいる場所全てである。
電車の中、喫茶店、レストランそして行き交う人々の会話の中に学識が隠れている。
何故なら『生きている知識』だからである。
先にのべた場所で得られる知識は主に書物からで有りそれらは『死んだ知識』である。
何故なら日常的に使われてないからである。
知識とは日常的に使われてこそ価値が有る。
その意味において人々の会話の中に眠る知識こそ『本当の学識』である。
学歴は学校を出れば誰でもつけられる。
されど学識は自らが学ぼうとする姿勢無く得られる物ではない。
何方により価値があるかはいわずもがなである。
全国各地で開催している我が『常態行動心理学セミナー』は明日家庭で学校で職場で役に立つ知識を提供させて貰っている。
質問コーナーでは心理学に纏わる様々な質問に直にお答えを差し上げている。
本当の『知識』を得たい方限定でこれからも全国各地で開催していく。
『割りきれない問題』を『割りきれる問題』にする常態行動心理学的方法について♪
世の中には『割りきれる問題』と『割りきれない問題』がある。
そして大抵の場合後者が頭を擡げた時に人は我が門を叩く。
良く『納得できないけれど強引に割り切る事にしました』と言われる方が多いがそれは無理である。
最初から『割りきれる問題』ならば人は悩まずにすむ。
されど『割りきれない問題』だから人は悩み苦しむのである。
『強引に割り切る』と言っている段階で既に事は『割り切れてない』。
本当に『割りきれる問題』ならば『強引に』する必要がないからだ。
『強引に割りきれる問題』には必ず禍根が残る。
それは深層心理の奥深くに眠って居るが何かのきっかけさえあれば一気に顔を擡げる。
しかも深く地中に潜っていた分だけ力を蓄えているので暴走しやすく一度暴走した感情は中々収まりがつかなくなる、
人間関係を円滑にする為にした『強引に割り切る』行為が人間関係を破綻させてしまったら本末転倒である。
そういう時は強引に割り切る事をせずきちんと心を納得させる事が必要である。
そうすれば爆発もせず人間関係を破綻させずに済みます。
きちんと心を納得させる方法は私が持っています。
人間関係で『強引に割りきっている方々』は是非ご一報下さればご助力差し上げます♪
そして大抵の場合後者が頭を擡げた時に人は我が門を叩く。
良く『納得できないけれど強引に割り切る事にしました』と言われる方が多いがそれは無理である。
最初から『割りきれる問題』ならば人は悩まずにすむ。
されど『割りきれない問題』だから人は悩み苦しむのである。
『強引に割り切る』と言っている段階で既に事は『割り切れてない』。
本当に『割りきれる問題』ならば『強引に』する必要がないからだ。
『強引に割りきれる問題』には必ず禍根が残る。
それは深層心理の奥深くに眠って居るが何かのきっかけさえあれば一気に顔を擡げる。
しかも深く地中に潜っていた分だけ力を蓄えているので暴走しやすく一度暴走した感情は中々収まりがつかなくなる、
人間関係を円滑にする為にした『強引に割り切る』行為が人間関係を破綻させてしまったら本末転倒である。
そういう時は強引に割り切る事をせずきちんと心を納得させる事が必要である。
そうすれば爆発もせず人間関係を破綻させずに済みます。
きちんと心を納得させる方法は私が持っています。
人間関係で『強引に割りきっている方々』は是非ご一報下さればご助力差し上げます♪
台風と歯学の常態行動心理学的関係について♪
或る歯科衛生士と歯科医の話だとか国から支出される額が一番低いのが歯科らしい。
故に中々歯科分野の研究が進まず難儀をしているのだとか。
最近歯の不調を訴える人が急増している裏には実は台風が大きく影響をしています。
もう随分前から酸性雨の話は出ているのでご存知の方も多いかと思いますが今に本も深刻な酸性雨問題に悩まされています。
主には頭皮への打撃が懸念され頭皮が薄い方には死活問題とされています。
されど実はこの酸性雨問題は頭皮だけに留まりません。
実は歯にも多大なる影響を与えています。
一つには台風の強風により口腔内に酸が入り込みそれが歯に打撃を与えている事。
今一つは体に大量の酸性雨を浴びる事により体自体が酸化し歯に打撃を与える物。
更に今夏の異常な暑さも歯には多大なる打撃を与えています。
酸に水を加えると熱を帯びます。
更に外部から高温を与えると更に体内温度が上昇し体から水分を奪います。
すると歯にも十分な水分が行かなくなり脆くなります。
実は気候風土と歯はとても密接な関係があるのです。
故に『風が吹けば桶屋が儲かる』だけでなく、最近は歯科も儲かるようです。
意外と知られていませんが歯がないと呼吸がしにくくなりそれが元で喋り自体もしにくくなります。
それは歯がない為に吸気の際の遮蔽物がない為に歯がある時よりも多く酸素を吸ってしまう事による脳の誤動作が原因。
実際歯が悪くなり御心を病まれた方も少なくありません。
高が歯だと軽く考えていたらとんでもない事になります。
歯は健康の源です。
デンタルケアはくれぐれもお気をつけ戴き今日も元気に頑張りましょう。
故に中々歯科分野の研究が進まず難儀をしているのだとか。
最近歯の不調を訴える人が急増している裏には実は台風が大きく影響をしています。
もう随分前から酸性雨の話は出ているのでご存知の方も多いかと思いますが今に本も深刻な酸性雨問題に悩まされています。
主には頭皮への打撃が懸念され頭皮が薄い方には死活問題とされています。
されど実はこの酸性雨問題は頭皮だけに留まりません。
実は歯にも多大なる影響を与えています。
一つには台風の強風により口腔内に酸が入り込みそれが歯に打撃を与えている事。
今一つは体に大量の酸性雨を浴びる事により体自体が酸化し歯に打撃を与える物。
更に今夏の異常な暑さも歯には多大なる打撃を与えています。
酸に水を加えると熱を帯びます。
更に外部から高温を与えると更に体内温度が上昇し体から水分を奪います。
すると歯にも十分な水分が行かなくなり脆くなります。
実は気候風土と歯はとても密接な関係があるのです。
故に『風が吹けば桶屋が儲かる』だけでなく、最近は歯科も儲かるようです。
意外と知られていませんが歯がないと呼吸がしにくくなりそれが元で喋り自体もしにくくなります。
それは歯がない為に吸気の際の遮蔽物がない為に歯がある時よりも多く酸素を吸ってしまう事による脳の誤動作が原因。
実際歯が悪くなり御心を病まれた方も少なくありません。
高が歯だと軽く考えていたらとんでもない事になります。
歯は健康の源です。
デンタルケアはくれぐれもお気をつけ戴き今日も元気に頑張りましょう。
2013年10月27日日曜日
必要栄養素と摂取可能栄養素には大きな隔たりがあるというお話♪
成人男性及び女性が一日に必要な栄養素と個人が1日に摂取できる栄養素の量は同じではない。
平たく言えば成人男性及び女性の平均値を何処で取るかで値は大きく変動する。
更に健康状態によっても体が求める栄養素と企業が出す必要栄養素は大きく変動する。
必要である事は絶対ではなくあくまでも望ましいとする値である。
此処でも嘗て触れたが日本国内において獣を殺生してはいけない時代がありその時代はそれ以外の方法で栄養摂取をしていた。
つまり今で言うサプリメントのような物は昔から存在していたのである。
確かに手軽に携帯出来る物では無かったが気軽に携帯出来る事が必ずしも良い事とは言えない。
リバウンドの原因は食べてはいけないと言う罪悪感がより栄養摂取率を上げるというお話は以前差し上げたがこれと同じ。
栄養摂取に掛けた手間暇分だけ間違いなく栄養摂取率は上がります。
逆を言えば栄養摂取に手間暇掛けない分栄養摂取率は手間暇掛けた分だけ落ちます。
これは脳科学分野でのお話。
栄養学的見解と脳科学分野及び心理学分野では栄養摂取に対するアプローチは違います。
何方が正しくて何方が間違って居ると言う話ではなくアプローチの違いから来る見解の違いです。
されど新聞テレビ雑誌等で騒がれているあくまでも偏った栄養学的見解だけを盲信するのはとても危険な行為です。
流される情報が全て真実ではありません。多くの嘘が其処には含まれています。
それもかなり巧妙に。
今一度御自身の目で頭で確かめ精査して下さい。
本当に体に必要な栄養は体が一番良く知って居ます。
体の声にどうか耳を傾けてあげてください。
其処にこそ真実があります。
平たく言えば成人男性及び女性の平均値を何処で取るかで値は大きく変動する。
更に健康状態によっても体が求める栄養素と企業が出す必要栄養素は大きく変動する。
必要である事は絶対ではなくあくまでも望ましいとする値である。
此処でも嘗て触れたが日本国内において獣を殺生してはいけない時代がありその時代はそれ以外の方法で栄養摂取をしていた。
つまり今で言うサプリメントのような物は昔から存在していたのである。
確かに手軽に携帯出来る物では無かったが気軽に携帯出来る事が必ずしも良い事とは言えない。
リバウンドの原因は食べてはいけないと言う罪悪感がより栄養摂取率を上げるというお話は以前差し上げたがこれと同じ。
栄養摂取に掛けた手間暇分だけ間違いなく栄養摂取率は上がります。
逆を言えば栄養摂取に手間暇掛けない分栄養摂取率は手間暇掛けた分だけ落ちます。
これは脳科学分野でのお話。
栄養学的見解と脳科学分野及び心理学分野では栄養摂取に対するアプローチは違います。
何方が正しくて何方が間違って居ると言う話ではなくアプローチの違いから来る見解の違いです。
されど新聞テレビ雑誌等で騒がれているあくまでも偏った栄養学的見解だけを盲信するのはとても危険な行為です。
流される情報が全て真実ではありません。多くの嘘が其処には含まれています。
それもかなり巧妙に。
今一度御自身の目で頭で確かめ精査して下さい。
本当に体に必要な栄養は体が一番良く知って居ます。
体の声にどうか耳を傾けてあげてください。
其処にこそ真実があります。
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