2013年3月9日土曜日

『何故深夜にダイエット食品の通販番組が多いのか?常態行動心理学的に分析す』



何故か夜中になると小腹が空く人っていませんか?実は私がそう。
故に何時もスイーツを一つだけ摘まんで休むようにしています。

スポーツ時における甘味補給が大事なのは皆さん既知の事。
実は寝ている間も体は右に左に寝返りを打ったりして結構運動をしています。

少し食べても食べた分だけのカロリーは十分消費されます。

夜中に食べると太るは嘘です。
寧ろその欲求を封じ込めて無理に寝て朝、無茶苦茶食べる方が余程胃腸にも悪いし消化吸収率も上げるので太る元となります。

更に言えば不必要な我慢は血中に河豚毒と呼ばれているテトロドトキシンの数十倍の毒素を垂れ流す愚行です。

少量でも摂取すれば脳は満足し心穏やかに眠れます。

実はこの夜中の食欲に対する罪悪感を利用したのが夜中の通販番組
人間には理性と欲望という二律背反な物が有りますが夜中はその内の欲望の方がより目を覚ます時間帯でありつい一口をしてしまいがち。

その人間の罪悪感を利用したのが夜中の通販番組なのです。
自分の中での贖罪を求め通販番組の商品を購入する行為自体が自分の中のバランスを保つ効果があるからです。

されど夜中にお腹が空くのは実は生物学的にとても理に叶って居ます。

人間の五感の内の視覚を夜は当然奪われます。
すると残された器官で視覚を補わねばならなくなります。
その行為自体がとても疲弊する行為なので食欲が出ます。

昼間は労働で食欲が出ますし夜は危機回避の為にお腹が空きます。
されど前述通り寝ている間に結構体は運動をしているので過剰摂取せぬ限り少量摂取分のカロリーは消費されます。

我慢をすればするほど脳はそれを欲し消化吸収率を上げます。
その方がより太りやすくなります。

更に満腹中枢を刺激しそれが満たされないと脳は覚醒したままとなり眠れません。
寝不足は注意力を散漫とさせ次の日の仕事や学業に大きな差し障りが出ます。

食べたら食べた分だけの消費をすれば良いだけの話です。
我慢は必要ですが不必要な我慢こそ体に毒である事をどうか理解して下さい。

因みに私はいつも寝る前にスイーツを一つだけ食べて寝るようにしています。
甘味は脳を活性化し明日の思考を助ける作用があります。

特に脳を酷使するする仕事の人にとって少量の甘味は潤滑油のような物です。
まぁあくまでも限度物ですので限度超えた摂取は今度は体に毒となります。

くれぐれも過剰摂取だけは気をつけて下さいね。

2013年3月8日金曜日

『自信喪失の心理学〜或いは非難の裏側にある心理学〜』


先日或るご質問を頂戴した。

家柄も学歴も職歴も申し分なく家事育児も完璧に熟す主婦なれど人を非難する性格故に周りと馴染めない。何故彼女は其処まで人を非難するのだろう?と。

私は一言でそれを片付けました『自信がないからです』。
相手はこういいました『自信がない?家柄も学歴も申し分無いのに?』と。
私はこう変えしました『それ故です』
相手の頭の中は大きな???がきっと浮かんでいたに違いありません。

一般的解釈で考えれば高学歴で家柄も良く職業的地位もある人が自信がないとは到底考えられないでしょう。おまけに家事育児も完璧にこなす主婦がです。

ですが実はそれが大きな落とし穴です。

先ずは家柄、家柄が良ければ良いほど今度は良い家柄同士の中で順列が決まります。
職歴も同じ、同じ職歴を持つ物同士の中で自分と他者を比較します。

人は自分と他者を比べる際、下位と比較して安心するタイプと上位と比較して上を目指すタイプに分かれます。

前者は伸び代が少ない分精神的ストレスは少ないです。
後者は伸び代は多いですがその分係るストレスは相当な物になります。

例えば家柄も代々続く由緒ある家柄と所謂成り上がり者とでは意識は全然違います。
前者は生来型遺伝子が闘争を好みませんが後者は戦いの中で得た地位なので闘争心が強すぎる生来型遺伝子を持って生まれてくる場合があります。

更に言えば家柄も学歴も自分自身の力で得た物ではありません。
自らが働いて学費を稼いだ場合を除き大抵は親の力を借りるケースが殆ど。
職歴はそうとは言えませんがこれも親のコネを利用した場合はやはりそうなります。

すると自身の力で得た物は家事育児以外無い事になります。
故に家事育児を完璧にこなします。

されど他の方は例えば家柄もなく学歴も無くと言う人はハングリー精神に長けているので器用な人が多く自分一人の力で何でもできる人が多い。それはそうしないと生き残れなかった環境が学習型遺伝子を育て器用にして行くのです。

生きて行く為に…。

此処で大きな差異が生まれてきます。

生まれつき何もかも持って生まれ自分で努力して勝ち取った経験が少ない人
生まれつき恵まれない環境の中で育ち努力をして多くの物を勝ち得た経験を持つ人。

上記だけを比べれば前者が後者に嫉妬する理由が解らなくもないと思いませんか?

本当に自分に自信がある人は決して人を罵倒したり非難したりはしません。
それは非難や罵倒が自と他を比べ自分が下位に置かれている事を認める行為だからです。

下位に自分の存在があればこそ上位にいる者を羨ましいと思い罵倒し非難します。

私も良く人から罵倒や非難をうけます。

私なんぞは家柄も学歴も人様にそんなに自慢できる物じゃ有りません。
収入や身体的不自由さを加えれば同情こそされ大抵は非難されない対象の人です。

ですが近隣の者からは大抵侮蔑や非難を浴びます。
勿論私自身の好戦的な性格も災いの元かもしれませんが多くの場合私の広範な知識に対する嫉妬心からです。それが言葉に態度に出ています。

これが例えば五体満足で家柄も良く学歴も職歴も申し分なくというなら話は別。
五体が満足でない者はまだまだ田舎では社会的地位は低く下位に位置付けられています。

されど下位に位置付けられる者が自分より知識的に優れていればそりゃあ面白くない。
当然非難や罵倒の対象となります。

私を非難する多くの方々は自らの無知さを恥じ、それを隠す為に私を罵倒します。
故にそういう方々にはそういう方々にしかない知識や学識をお示しします。

つまり”私には無い物”をお示しします。

すると大抵は溜飲が下がり非礼を詫び罵倒や非難が賞賛に変わります(笑)

これも又、立派な処世術でありストレスを軽減させる社会貢献であると自負しています。

2013年3月6日水曜日

常態行動心理学的日本人的救済論


例えば今目の前に困っている人がいる。
大変だろうなと手を差し伸べる。
日本人はその手を差し伸べられた方が手を払いのける国。

『武士は食わねど高楊枝』の精神が武士階級崩壊後も残る国。
それは助けられる事になれていないと言い換える事ができる。

島国且つ単一民族なので結束力は強いが余所者にはとても排他的な面がある。
『ムラ主義』がまだまだ都会も田舎も問わず残っていて異質な存在を受け入れらない。
社会学者バージェスの同心円理論を出すまでもなく空洞化現象が其処に起きる。

又、助け合いの精神に薄れ助けられる事を恥とする文化的背景もある。
例えば切腹がそう、例えば特攻隊がそうである。
死する事を尊しとする犠牲的精神文化だと生き残る事は寧ろ悪だとする風潮がある。

『楢山節考』の例を出すまでも無く先人の教えは生きる糧となる。
されど老いては子に従えとばかり老人は社会から隔絶され隅っこに追いやられる現実。
彼ら彼女らの奮闘努力の元に今の日本が成り立っている事を多くの人は失念している。

政府の無策もそれに拍車を掛ける。

『後期高齢者医療制度』等は年寄りは早く死ねと間接的に言っているような物である。
彼ら彼女らこそ未来の日本を生きるリヴィングシンクタンクである事を失念している。

誰かが誰かを助ける、その時助けて貰った人を助けずとも別の人を別の形で助ける。
するとそれが連鎖となり間接的に助けて貰った人を助ける結果となる事を知らない。

されど大震災等で自分以外の人も同じように助けを求めている場合声高に助けを求める。それはそれをしないと助けて貰えないと解っているから。

生命維持の観点からは至極当然なれど人の好意を素直に受けれない国。

私は職業柄目の前で困っている人をみれば何も考えず手を差し伸べる。
或いはそれは自殺行為かもしれないと解って居ても無意識に手が出る。

助けられた方は自分よりも社会的下位に位置付けられている者に助けられる恥辱に耐えられず殆どの場合それを激しく拒絶する。されど私は聞く耳持たずその手を休めない。

暫く押し問答が続くがその後相手も諦めて大抵素直に助けられてくれる。
一頻り処理が終わる頃、大抵の人が尋ねる『何故自分を助けてくれたのか?』と。

私は答える。
『理由なんてない、自分の目の前で誰かが困っていて誰かが助けを求めていたらそれをするのが人間じゃないの?其処に何か理由付をする方がおかしいんじゃないの?少なくとも俺は先に手が出る。生憎余り頭が高尚には出来てないんでね』と言って黙って立ち去る。

大抵の場合名前を尋ねられたりお金を払おうとするがそれを固辞しその場を立ち去る。
私がその人に何かをして差し上げた事でその人の中で何かが芽生えそれを別の人に別の形でしてさしあげればそれが巡り巡って何時か自分に戻ってくるかもしれない。

よしんばそれが戻らずともそれはそれで問題がない。

自分の中の衝動的な救済欲求が満たされただけでそれで満足である。

職業的にも私はお節介が過ぎると同胞や生徒に笑われる。
何の得にもならないのにと失笑されるが私は御構い無し。

得をしたければ別の方法を取る。

されど困っている人を助けるのに見返りを求める馬鹿も居ないだろうというのが持論。
それを例え仕事としていてもである。

究極のお人好しだのという余り有難くない称号を頂戴している。
されどそれも私という存在の一部分だと認め受け入れている。

偶にはこういう変わり者が居ても世の中面白いのではないかと思う。

2013年3月4日月曜日

『我慢は体に毒の常態行動心理学的根拠』


諺は日々の生活の中から学習された言葉の集約です。
私の分野で言えば実証心理学的言葉です。
実証データがあるのでその言葉には重みが有ります。
理論上の空論ではなく実体験による物の方が説得力は当然増します。
例えば表題にある『我慢は体に毒』と言う言葉。
これには幾つかの科学的根拠があります。
先ず我慢をする際に発生するストレスにより血中に発生する毒素は河豚毒と呼ばれているテトロドトキシンの数十倍の濃度を持っておりそれをストレスを感じる度に体内に垂れ流しています。
ストレス過多により体調を崩し或いは過労死に至る一番の原因が此処に有ります。
次に『我慢』が常態化すると抵抗力はつきますが適応力は格段に落ちます。
動物はストレスを感じた時それを如何に回避するかそれのみを考えます。
されど人間はそれが精神的な抵抗力をある程度付ける事を知っています。
座禅や写経等がその好例と言えるでしょう。
自発的な我慢はそれでもよいのですが受動的な我慢、つまり我慢せざるを得ない状況が長く続くと人間の脳にはそれを感じさせない所謂『脳内麻薬』が多量に分泌されます。
これは読んで字の如く『麻薬』ですから常習性が有ります。
SM愛好家の人が中々それを止められない理由の一つにこの麻薬性が有ります。
又、我慢をしている自分が好きとなるとナルシストチックになり偏愛的な自己愛が増し
それは人間関係を構築して行く上で多少なりとも問題が発生します。
確かに現代人は戦前戦後の人達と比べると肝要の心を失っている気がします。
されどその分汎用性や適応力は昔と比べると格段についている気がします。
人間が硬い鱗も鋭い牙も超人的跳躍力や翼も持たず生き残れたのは知恵があったから。
そしてその知恵は環境に対する適応力の高さを身につける為であったと思います。
寒ければ毛皮を羽織り暑くなればそれを脱ぐと言う適応力を見せたからこそ永きに渡り地球の住人として生き残れたのだと思っています。
日本は島国で自然に恵まれるも資源に恵まれず単一民族で部族間の争いも無く外界との接触も迄余りなかった為に適応力よりも自然環境の中で耐える方が育ってしまいました。
今でも雪国や沖縄など気候変動の激しい人達の我慢強さは半端じゃありません。
それは尊ぶべき事では有りますがそれを推奨すべき事ではないと思います。
我慢も過ぎればストレスとなり脳内麻薬の分泌を促進し感覚を麻痺させます。
適応力が落ちて不測の事態に対する対応力が落ちます。
それはそのまま生命維持の危機を示します。
『我慢は体に毒』です。

どうか必要以上の我慢をせず如何にそれを回避出来るかに目を向けて下さい。
そうしないと貴方の大切な人に『我慢』を強いる事になりますよ?
と言う事で今日も最後のフォンセッションを終えそろそろ休ませて戴きます。
皆様方も良き夢をm(_ _)m

2013年3月2日土曜日

嗜好性心理学における精神疾患改善法について



『嗜好性心理学』とは人間の趣味嗜好からその人の今のお悩みを特定しお心の病を御治しする我が2000を超えるオリジナル心理学の一つであり箱庭療法の亜流です。

例えばアンティークドールコレクターの多くは過去何らかの被害を蒙っている。

私が過去扱った案件だとPTSDを患い親から十分な愛情を受けぬまま成長した男性は子供の頃妹にはお人形を買ってあげたのに自分には何も買って貰えなかった事が原因で超合金コレクターとなりかなりの額をつぎ込んだという。

それからありとあらゆる玩具コレクターとなり遂には私設博物館迄立ててしまったというから驚きである。

人間の趣味嗜好は必ず過去の実体験とリンクしている。
そしてそれを学習型遺伝子が学習し趣味という形で実現をさせている。

先の超合金コレクターの場合親への鬱屈した愛情表現が其処に現れている。

彼が集めた超合金はロボットヒーローばかりでそれは絶対的強さの象徴。
そして飛行型が多かったのは自由自在に空を駆け巡れる物への憧れの象徴。

裏を返せば親の絶対的権力下の元統制された環境に鬱屈した感情を抱きながらもそれに抵抗できない自分に対する苛立ちとそれをさせない絶対的権力に対する一種の憧れという二律背反した感情の表れが超合金のセレクトに現れていた。

彼はその後親の帝王学をしっかりと叩き込まれ二代目を継ぐも親が会社の創設者である事から親の七光り的な扱いや揶揄を受けるに当たり親の偉大さや親の威光にずっと怯え続けていた。

或る時それがストレスで病に倒れ入院。
病の方は完治するも其処から無気力症候群となり我が門を叩かれた
今迄色々な精神科を訪ねたが原因が解らずほとほと困っておられた

彼の趣味嗜好からズバリそれを言い当てた私に彼はとても困惑をしていた。
何故なら私は彼の過去を聞く前に趣味嗜好を聞いただけでそれを当てたからだ。

今迄の経験から察すればそれは容易に想像ができるのだが他では原因を見つける事は叶わなかったらしい。

其処でやっと見つけたという感じで彼は私に病根絶を懇願してきた
私は彼の趣味嗜好を完全にコンプリートするよう指示。

それが先の私設超合金博物館に現れている。

其処で彼は館長となりその館の絶対的主となる事が出来た。
其処に有る超合金の事なら彼は何でも答える事が出来た。
子供からはおもちゃ博士と呼ばれ大人からも懐かしさからか喜ばれた。

始めて自分一人の力で事を成し遂げ違う形で父を超えた彼の心はとても晴々であった。
今迄億劫だった会社経営にも本格的に乗り出し父親の会社規模を二倍以上に拡大。
今迄亡父の威光に怯えていた方々も彼の奮闘を認め亡父との比較をしなくなった。

その後会社を息子に譲り余生を超合金博物館一筋に掛けた生涯だった。

人は過去には戻れないされど過去の経験を追体験する事は充分できる。
子供の頃の夢を大人になって叶えても結果夢を叶えた事は同じである。

心理学とはそういう夢を叶えるきっかけを与える学問でもある。
私はそう考えている、嘗て私が私の夢を別の形で叶えたように。

という事で今日も最後のフォンセッション及びメールセッションを終えそろそろ休ませて戴きます。

皆様方も良き夢をm(_ _)m

2013年2月26日火曜日

セクシャルハラスメントの意外な適用範囲


セクハラとは一般的には異性に向けて性的嫌がらせをする事を指すように思われがちだが最近は然に非ず。

同性へ向けてもセクハラ行為は行われ法的罰則を課せられている。

私が扱った案件内だとイケメン男性社員が同輩の女性社員に軽いエッチジョークを飛ばした際、同席していた中年上司が『それセクハラだよ?』とニヤニヤ笑って言ったそうだ。

セクハラとは読んで字の如く『性的嫌がらせ』である。

『嫌がらせ』はそれを言われた相手が『不快』だと感じた時に成立する行為。

されどイケメン社員に言われた女子社員は顔を赤らめるだけで不快に感じていなかった。

それを窘められ辱めを受けたイケメン男性社員は酷く心を傷つけられた。

これは正に『性的嫌がらせ』である。

更に上司はイケメン社員が反論できない立場に有りながらそれを非難したと言う事で『パワハラ』も適用された。

事は何とか示談で済んだが二度と上司は”要らん事”を言わなくなったそうだ。

相手が同性だからと安心して軽口叩いていると訴えられますよ?

ご用心ご用心。

夜の心理相談室(笑)


例えば夜の夫婦の営みの時旦那さんが”今日は疲れているんだよ”と営みを断るシーン。

あれは実は嘘。

生物学的には人間は疲弊すればする程種の保存の法則に則って性欲は増す物です。

事実そういう時に目の前に絶世の美女が立っていれば男性自身は反応します(笑)。

問題はマンネリ化にあり。

動物と違い人間は営み自体に快楽を求めるようになりました。

人間の寿命が他の生物と比べ長寿命になった理由の一つに種の保存に快楽を求めるようになったからというのがあります。

されどそれが快楽である以上マンネリズムによる精力減退はこれまた種の保存法則に則って居ます。

つまりよりよい遺伝子を残したいという生存本能が働く為。

そうならない為には創意工夫が必要。

勿論女性ばかりが一方的に頑張る必要はありません。

寧ろ種を残す側の男性が創意工夫をしなくてはなりません。

夫婦の営みはお互いの共同作業により成り立つ物です。

夫婦が一番最初に行う共同作業が夜の営みです。

お互いの愛し愛し合う気持ちを如何に高め会えるか?

そこが実は一番大事だったりしますw