2011年1月25日火曜日

生体心理学と生体エネルギーについて

題名は厳ついですが内容は何時ものようにゆるゆるです(笑)(書いている人間がゆるゆるなのに難しい話は無理(笑))
今日久しぶりに駅で女性駅員のOちゃんに会った、一寸太目の上戸彩という感じの娘で駅では人気の女の子である。
基本御馬鹿キャラだが仕事はきっちりこなし決して人に嫌な顔を見せずというプロ根性逞しい娘で上の覚えもめでたい。
彼氏が元・同じ職員(つまりJR職員)だったが職場が合わず退職しそれ以降ぷらぷらとしているらしくそれが悩みの種。
本来ならば去年末の段階で就職が決まらねば離縁の予定だったが彼女の優しさが災いし今も関係は続いているという。
んでそのOちゃんと会った時の会話。
『最近彼氏とやってるかい?ちゃんとやらないと駄目だぞ』
『は~い、それが彼氏最近一寸お疲れ気味で~』
『そりゃあいかん、鰻かすっぽんでもくわさねぇとな』
『あはは、そ~ですねぇ、そうしないといけないかも』

傍から見たらセクハラ発言連発で真面目ちゃんが近くに居たらお叱りを受けそうな会話(笑)
だがこれは中年男の下世話な会話ではなく到って真面目な話。

Oちゃんも私が冗談は言うが基本真面目である事をちゃんと理解している人。
この間も彼氏の事で相談しに来て私のアドバイスが活きたと喜んでいた。

私は地元の駅では何故か”新人教育係”となっているらしく(私はJRの人ではないw)上から新人を任されている(笑)
彼女がまだ新人だった頃からずっと面倒を見ているので彼女の同期前後からしてみたら”教官”みたいな感じである。

故に若い駅員の全員から悩み相談を受けるし”此処だけの話”も沢山入る(それを聞かされる身にもなってくれ^^;)。
職業柄守秘義務は守らねばならず結構ストレスは溜まる仕事である(且つ全く儲けには直結せぬし^^;)。

閑話休題

人間を含む生物に須らく”生殖器”が付いているのは種の保存の為だけではない。
それは自らの”生体エネルギー”を補充しそれを”生命力”に活かす為である。

人間でいう所の”リピドー”というのは人間が生きる為に必要な生命エネルギーの一つである。
もしそれが不要な物ならば”理性と欲望”という相反する物が人間という”器”に同梱している筈が無い。

”リピドー”は人間が生きて行く上で欠くことが出来ない”生体エネルギー”を作り出す重要な役割を持っている。
故に無理に其れを抑えたりそれから遠ざかる事により”生体エネルギー”が弱まり”人間性”が徐々に失われていく。

さりとてそれを前面に押し出してしまえばそれこそ”変態”とか”ストーカー”となってしまう訳でその兼ね合いは難しい。
だが”生体エネルギー維持の為の性衝動”自体を全否定する向きには一心理学者としては容認しかねる。

今の性犯罪の幾つかはこういう背景を持っていると私は考える。

人が人を愛する事は極自然な行為でありその先に性衝動が合ったとしても何ら不思議な事ではない。
それらを否定する事は人類の歴史その物を否定する事に繋がる事を婦人団体他それら否定派には理解して欲しい。

今、アナタが此処に存在しているのもそれらのお陰であるという事を忘れないで欲しいと思う。
そう考えると案外もっとフランクに物事が見える気がするのは私だけだろうか?^^;

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