2011年2月19日土曜日

『モテる』と『好かれる』の心理学~或いは究極のモテ学の心理学~

私が小学生時分、妙齢の女教師が居た(A氏)。

ナイスバディで小学生ながら彼女の体から発する”フェロモン”に男性教師は愚か男子生徒ですら”やられていた”。
体育の時間などは男子生徒がわざとぶつかって”おっぱいタッチ”をするほどの豊かな体つきであられた。

彼女は言う、”若い頃は相当『モテた』のよ~”と。だが私には当時から正直言って”気持ち悪い”としか思えなかった。

事実当時彼女は独身で離婚暦が数回有り男性教師とも不倫のうわさが飛び交っていた。
更衣室で着替える時は何時もわざと少し扉を開けまるで”ストリップ”でもするかのような脱ぎっぷりだったとは悪友の弁。

翻りもう一人の女教師が居られた(B氏)。
爽やかな艶と優しい瞳を讃え差別なく誰にでも優しく接し多くの人から”好かれている”人であった。
先の教師のような”フェロモン”がある方ではなかったが”教師然”としておられ威風堂々とした”大和撫子”であられた。

図らずもつい先日この二人の女教師と別々の場所でお会いする機会に恵まれた。
A氏はは”え!?あれが○○先生?!”と思わず我が目を疑う程の”老けぶり”であった。
B氏は”あ!○○先生だ!”と直ぐ判る程30年という経年を感じさせない若々しさであった。

勿論経年による老いには双方共勝てずであったがそれと”見た目の老け込み方”は又別物である。
まわりからちやほやされ自らの努力を怠っていたA氏、翻り自らを常律し”人”としての努力を怠らなかった”B氏”。

二人の”恩師”を前に私は”蟻とキリギリス”の童話をふと思い浮かべた。
共にどちらも”教え導く”立場の方である、されど一人は”模範”とし今一人は”反面”として生徒には受け取られている。

あの二人の女教師の姿を見た時、明日はわが身とわが身が竦む思いがした物である。
私が彼女達の年代となった時”老けたねぇ”と生徒や同胞に言われぬよう今から改めようと心に誓ったのである(笑)

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