我が門を潜る者の多くは他者からお心を傷つけられそれ以上傷つけ られたくなくて守りに入りそれ故に一歩を踏み出せず前へ進めない 方がとても多い。
そういう方の常套句が”無理です””困難です””出来ません”で ある。
だが実は上記の言葉を発せられる人はそれを行う事が可能な人であ る。
例えば英語を話すのが”難しい”という人がいる。
されどそれが”難しい事である事を理解している”という事に気づ く人は余り居ない。
例えばいきなり”スワヒリ語”を話せと言われて流暢に話せる人は 極少数だろう。
されど”英語を話して下さい”と言われ片言でも話せる人は大多数 で有る筈である。
それは日常生活の中に多くの”英語”があり五感でそれを常、感じ 取っているからである。
翻り日常生活の中でスワヒリ語に五感で触れられる機会がある人は 極少数である。
故に”英語を話す”事は”困難である事を理解している分だけ困難 ではないという事になる。
本当にそれが”困難”である場合はそれが”困難である”という事 すら理解できないからだ。
更に我が門を潜る多くの方々は私の事を賞賛してくれるが本当に凄 いのは私ではない。
良く”先生の後押しがあればこそあの時私は立ち直れたんです、先 生のお陰です”と言われるが大事なのは”後押しをして前へ進めた 事実”である。
幾ら私が”後押し”をしても逆方向に進んでいれば力は相殺され前 へは進めない筈である。
”前へ進めた”という事は既に本人が”前へ進む意思”を持ってい たという事である。
ようは私は”前へ進もうと頑張っている人”に”推進力”を与えて 差し上げたに過ぎない。
”推進力”をお与えするのは私でなくても出来るが”前へ進む”事 が出来るのは御本人のみ。
我々心理職はその”如何に前へ進ませるか”その手解きをほんの少 し差し上げるだけ。
それが凄いんですと言われればそれまでだが二十年も同じ仕事をし ていてそれが出来ないのならばその仕事は辞めた方が良い(笑)二 十年もやっていればそれが出来て”当たり前”である。
閑話休題
FBの世界に身をおいて結構な年数がすぎた。
友録も増え、世界中の人と交流を得る機会を与えられた。
お国柄、つまりナショナリズムは文章の表現に必ず現れる。
同じ英語を書いていても英語圏の人とそれ以外の国の人とでは表現 方法が違う。
表現方法が違えばそれを受け取る人の受け取り方も当然違ってくる 。
そしてそれは何も言語の違いだけに留まらない。
例えば同じ日本国内であったとしても熱い地方の人と寒い地方の人 では考え方に大きな隔たりがある。
同じ我慢を強いる環境下の人でも高温と低温とでは受ける刺激が違 うから。
そうなればその生活環境に適応する考え方なり物の見方が当然出て くる。
そして心の変化はその日常生活における無意識行動の中に必ず現れ る。
例えばFB内で言えばいいね!の数やいいね!を押してくれた内容 の変化である。
それを具に見ていれば友録さんの”今”を知る事ができる。
その時その変化を見逃さず、すかさずお声掛けを差し上げる事が大 事である。
それは常、その人に気を配っているというサインでもある。
そのサインを示すだけで悩みが解決したりその方向性が見えたりす る物である。
我々心理職はそうやって少しでも御悩み解決へ向け尽力をしている 。
そういう事を色々と考えながら自身のウォールの構成も知らず知ら ずに作られている。
すると”瀬木ウォッチャー”なる方々も偶に登場される(笑)
私自身は有名人でもないのだが我が拙いウォールを毎日楽しみにし ている方が居られる。
そう言う方々が居られるとこちらとしても奮起してウォールを充実 したいと思う。
元々が求められるとその求めに応えちゃう人なのでそれが常態化さ れている(笑)
これからも硬軟取り混ぜて少しでも閲覧者方々が楽しんで戴けるウ ォール作りに勤しんで参りたいと思っています。
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