常態行動心理学者の瀬木と申します。 ”常態行動”とは人間が普段、無意識的に行っている行動の事。 例えば朝起きて歯を磨き朝食を食べ、仕事をして、昼食を食べ、仕事再開し、帰宅、夕飯食べて、歯を磨いて寝るという一連の行動形態の事を指しています。 その”日常生活の無意識行動”の中に実は様々な問題が内包されている事に多くの方は気付いておられない。その諸問題を解決する為、何かと難しいと思われている心理学と言う分野を解り易く生活に根ざしたテーマを元に説明させていただきたいと思っています。
2012年9月19日水曜日
悩む事自体が生きる事である。
人間の脳に関してはまだまだ解明されていない物が沢山残されている。
理論的科学的理解が必ずしも悩みを産まないかといえばそうでも無い。
もし理論的科学的理解が悩みを産まない物だとするならば科学者や哲学者は悩みがないと言う事になる。
されど実際は科学者であれ哲学者であれ悩みが尽きる事は無い。
それは何故か?
それは生きる事自体が悩みとの戦いだから。
人間には煩悩と理性と言う相反する二つの感情を一つの体に同梱させる世にも珍しい生物である。
それ故人は悩み苦しみながら日々の生活を送っている。
されどその悩み苦しむ事が脳の皺の数を増やしシナプスの伝達速度をあげ地球上では最も新参者であるにも関わらず他の生物を凌駕する事が出来今も生き残っている。
悩み苦しみ抜く事が出来たからこそ其処に文化や文明が生まれたと私は考えている。
それ故の進化進歩で有りそれこそが人間が人間たる所以である。
私も日々悩み苦しむ毎日だが悩み苦しめる自分がいる事を有難いと思っている。
だが時として人は其の悩み苦しむ事を苦痛と感じ其処から逃避したい感情に囚われる事がある。
それはその人一人がとても抱えきれない悩みや苦しみを持つからではなく其の悩み苦しむ方向性を違えているのでそう成るのである。
人間の脳は答えがでない悩みや苦しみは生物学的に持てないようになっている。それはそれを持つ事が寿命を縮める事に繋がるから。
それ故に悩み苦しめる限りは其処に必ずそれらを解く鍵は存在する。
されどその鍵を見つける為には様々な方策を講じなければならない。
人間は時として悩みの迷路に迷い込むと近視眼的となり普段なら簡単に解ける問題でも解けなくなる。
そう言う時は一度其の問題から離れ自らを俯瞰的に見つめる必要がある。俯瞰的に見つめる事で視野が広まり悩みの本質が見えてくる。
その俯瞰的に見つめる見つめ方やその方向を示す事。
そして問題の本質を見定め易くする事。
それが我々心理職の使命であると私は考えている。
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