2014年4月13日日曜日

『自主規制』は『他者規制』である常態行動心理学的根拠♪

『自主規制』は『他者規制』である。 作家、大西巨人のドキュメンタリーを見た感想である。 本当に『自主規制』しなくてはいけない物を人は発表したいとは思わない。 逆を言えば『自主規制』を掛けねばならぬ程の『強い思い』があるからこそ、それを他者が恐れ『他者規制』を掛ける訳である。 戦前戦中戦後を通して『自主規制』を強制された作品の多くは時代や国や一部の権力者により『他者規制』を掛けられた『名作』ばかりである。 恐らく大西巨人の普及の名作『神聖喜劇』もこれが戦中なら『自主規制』という名の『他者規制』を掛けられていただろう。 その前に『検閲』に掛けられ或いは非国民として投獄されていたかもしれない。 そうやって多くの名作が『自主規制』と言う名の『他者規制』により時代の波に飲み込まれ水泡と期してきた。 されど『人の思い』に『規制』は掛けられない。 『人の愛』に『制限』は掛けられない。 今は当時と比べ規制は解かれてきた。 だが『見えない規制』はまだまだ多く存在する。 その『見えない規制』が多く存在しているという事はその中に『隠してはならない真実』も眠っている事を忘れてはならない。 それらの『隠してはならない真実』はじっと息を潜めて『出るべき時』を待っている。 『白日の元に晒される日』を待っている。 そして我々も『真実が明らかとなる日』を心待ちにして居る。 そんな事をふと思う真夜中である。 お休みなさい。

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