2013年11月22日金曜日

『制服の心理学〜或いは日本人が形に拘る常態行動歴史心理学的根拠について〜』

子供服、学生服、セーラー服、背広等日本人程『制服好き』な国民も少ないのではないかと思う程日本人は『制服』に拘ります。 それはジャパニメーションカルチャーにおける『コスプレ文化』の中にもそれを見て取れます。 随分昔の話となりますが女子高生のセーラー服だけを収録したゲームがパソコンゲームに存在しマニアの間で空前のヒットを飛ばしシリーズ化された事が有りそれから『セーラー服』文化が生まれヤフオクなどで人気のセーラー服が高値でやりとりされていた程日本人は『制服好き』が多い国民性を持っています。 『制服文化』は社会学における民俗学でも取り上げられ論文が何本もある程です。 では何故此れ程までに日本人は『制服』に拘るのでしょうか? それには歴史的要因と地理的要因が密接に関わっています。 先ずは『歴史的要因』から見て行きましょう。 古くは聖徳太子の時代から『制服』は存在していました。 職務の位により服の色を分けそれを法令化させていた程でした。 時代が登ると武家と公家の間で『ファッション合戦』が行われるようになります。 武家はより機能性を重視し、公家は寄り雅を重視し互いに競い合っていました。 されどこれらは上流階級のお話。 士農工商における農民以下にはお洒落の特権は与えられませんでした。 それでもない高い年貢米を取り立てられお洒落どころではありませんでした。 されどこれも実は幕府の作戦の一つでもありました。 吉宗の緊縮財政も大奥や将軍家には適用されずその皺寄せは農民以下の身分に行ったのでした。 それが明治維新以降、廃刀令や断髪令と同時に身分撤廃となり農民以下も自由に服を着れるようになりました。時代は開国の波を受けて西洋文化が花開き服飾にも自由な装いが出来るようになると多くの民がファッションを楽しむようになります。 一方で身分廃止となり今迄特権階級であった武士はその誇りである髷と刀を新政府に奪われ魂を抜かれた屍と成り果てました。 正に天国から地獄に落とされたのも同然です。 一部の武士は時代の波に上手く乗り時代の流れを引き寄せた物も居ました。 されど多くの武士は魂を抜かれ生きながら死んでいるような毎日を送ります。 それが新政府への不満となり戊辰戦争始め多くの旧幕府軍と新政府軍の長きに渡る争いの火種の元となったのです。 一方は地理的要因について。 日本人は所謂、中間色を昔から好む傾向にありました。 童謡にも『夕焼け小焼け』等中間色を歌う唱歌が数多く残されています。 又、日本食の多くも煮物を始めとして中間色を使用した食文化が花開いて居ます。 これは全て地理的要因が大きく影響しています。 アメリカやヨーロッパは国土が広大で隣国と接し常、争いが耐えませんでした。 故に独自色を強く打ち出し結束を固める必要がありました。 これが西洋諸国がビビッドな色を好む理由です。 翻り四方を海に囲まれ他国との争いもなく島国で定住型の日本人は『同化』する事で自らの存在感を消す事で異質性を取り除きそれが故に文明を築いて来ました。 それ故に仲間の結束をとても大事とし同じ服装にする事でその結束力を高めて行きました。それが日本人が制服に拘る一番の理由です。 されど開国以来多くの外国文化が流入し、又、外国との行き来ができるようになると今度は『国際人』としての『日本人』をアピールしなくてはいけない時代となりそれが昨今の『ナショナルカラー』の発展に繋がっています。 高が色、されど色。 高が制服、されど制服。 それらが存在する裏にはきちんとした歴史的背景が存在し、生来型遺伝子がそれを欲しているからに他なりません。 こういう事から様々な心理学的学説が生まれ、更に心理療法に繋がって行きます。 こういう歴史的研究も我々心理学者には必要な分野なのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿