常態行動心理学者の瀬木と申します。 ”常態行動”とは人間が普段、無意識的に行っている行動の事。 例えば朝起きて歯を磨き朝食を食べ、仕事をして、昼食を食べ、仕事再開し、帰宅、夕飯食べて、歯を磨いて寝るという一連の行動形態の事を指しています。 その”日常生活の無意識行動”の中に実は様々な問題が内包されている事に多くの方は気付いておられない。その諸問題を解決する為、何かと難しいと思われている心理学と言う分野を解り易く生活に根ざしたテーマを元に説明させていただきたいと思っています。
2012年4月5日木曜日
寂寥感の心理学~或いは常態行動心理学的悲しみの心理学~
昨日昼に退院して一日が経過。
本来なら約三ヶ月振りに自宅へ帰れ安堵し心穏やかな日々を送っている筈。
勿論退院自体はとても喜ばしい事で有る。
点滴や熱床ベット、絶叫じじいや暑さによる寝苦しさ等あらゆる苦痛から開放されるのだ。
誰にも気兼ねせず好きな時に起きて好きな時に寝れる喜びは他には変えがたい物が有る。
確かに入院時の様な上げ膳据え膳でもなく片足が無い状態での日常生活は困難を極める。
それでもやはり”誰からも干渉されない自由”に勝る物は無く本来ならば喜びに打ち震えている筈。
されど何故か今の自分は寂寥感に苛まれ今すぐ戻りたい衝動に駆られている。
前もって申し上げておくが私はドMではない(笑)
態々苦痛を求めに行く程私は暇人でもない。
帰宅後休む間もなく各方面へ連絡を入れたり先程も一件フォンセッションを済ませたばかり。
名古屋での常態行動心理学初講義へ向け原稿作りや演出作りに余念が無い。
それこそ『寸暇を惜しんで』三ヶ月間のあらゆる遅れを取り戻そうと必死である。
母はそんな私を心配し休めと助言をくれるが三ヶ月(自宅療養期間を要れれば半年近く)のブランクは大きい。
その間去っていった同胞も要るしもう不要と自ら診療拒否をする者も少なからず出て来ている。
長い時間掛けて築き上げた信頼関係が約三ヶ月でいとも簡単に崩れ去る無念さは想像を絶する。
私なりに精一杯やってきた事が水泡に帰する瞬間は何とも言えず敗北感、虚無感を与える。
今残っている同胞だけでも何とか救いたいとそれでもめげず留意し説得をする日々である。
それでも…6時になれば目が覚め、12時になれば空腹感を覚え、18時近くになると無意識に指を動かし(リハビリの一つ)21時を過ぎると眠気が差す。
三ヶ月間の間体に染込まれた”常態行動”は一日二日で消える物ではなくこれからも暫くは以前の生活時間と今の生活時間の差異に苦しめられるだろう。
閑話休題
だがもっと今の私を苦しめているのは”時間的常態行動”ではなく”感覚的常態行動”解り易く言えば”五感が捉える常態行動”の方である。
病院で嗅いだ食事や医療器具、看護婦さんの化粧等の”匂い”、
昼夜を問わず鳴り止まぬ救急車のサイレンの音や飛行機の爆音等の”音、
そして検温や血圧測定、リハビリ等で触れる”人の手の感触”
勿論、病室で食べた病院食”や差し入れの”味”
更には病窓から見える風景や医師、看護師、機能訓練師方々の”視界”等である。
今回の東日本大震災でも規模は較べるべくもないが私と同じ様な”寂寥感”に苛まれそれがお心を病む結果に繋がり面倒を私が診させて頂いている方も少なからず居られる。
今の私が感じている”寂寥感”や”虚無感”はこういう普段の日常生活に於ける”五感情報の消失”が”脳の誤動作”を起こしそれが元で修正処理としての”寂寥感”や”虚無感”に繋がっている。
実は昨日、約四ヶ月前私が夜11時に院へ入院し翌日緊急手術が行われ麻酔が掛けられる間ずっとお世話になったICUの看護師、先生方々へお礼のご挨拶に伺った。
その前に病棟の方々にご挨拶し看護師長の御見送りの際には何とか”涙を堪える事”が出来たが流石に”一番辛かった時優しく接してくださった方々”にお会いした時、私は溢れる涙を抑え切れず嗚咽し号泣し母はその私の壊れ方に狼狽し早々にその場を後にした程であった。
これは脳の誤動作により生じる”消失感”や”寂寥感”が埋められた事に拠る喜びの涙である(あくまで生物学的及び心理学的分析に拠る物だが)。
一番辛かった時手を差し伸べ励まし支えてくれた方々が目の前から消えそして又会えた喜び、即ち自動修正された情報の復元が叶った喜びによる物である。
そして今の私が感じているこの寂寥感や消失感は未だ退院後埋め切れない過去の”脳内情報”が原因である。
再来週診察を受けに又、病院を訪れ時間が許せば病棟へ退院後のご挨拶及び退院時には出来なかったリハの先生や担当研修医方々への御礼参りに行きたいと思う。
その時きっと”脳内情報”が復元され又、”号泣”という結果になるだろうと今から予測(^^;。
”別れは出会いのプレリュード”と昔から言われている。
私も又、”失った脳内情報”を”アップデート”する事で悲しみを乗り越えて生きたいと思っている。
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瀬木ちゃん^^私も共感する分多々あり、、、ただ、貴殿と私が違うところは、貴殿はそれを公に表現できる「言葉」があったこと(私自身はブログとかは、全然できないこともあり)故に、その文章を書きながら、自身が寂しい感情を募らせていること、、、気持ちを落ちつけて、どっしりと歩んでいけば、貴殿が癒してきた患者さんのように、自然と社会の流れに戻ると確信していますよ^^。 退院おめでとう^^w
返信削除ろんめる将軍殿w(ってか態々こっちに書かなくてもあっちも同じ事書いてるのに^^;)
返信削除御高説の通り、しかし将軍殿がブログとか出来ないとは意外^^;。器用な方なのに。
今は未だ時が経って居ないので難しいですがこれも又、時が解決してくれる部分もあるかと存じます。
後は真剣に痩せ衰えた筋力を元に戻す必要性を切に感じました。
今のままだと肩がバリバリとなり大変な事になってます。
筋力がつけば耐久性も増すので筋力トレーニングは退院後も必要だと痛感した次第。
入院中のようなリハの先生の手作り器具も今は無いので又色々と考えて見たいと。
再来週時間が許せば院内のリハへ行き先生から助言を戴ければと考えて居ます。
来月以降県外へ復帰を考え先ずは福岡へ珈琲豆を買いに^^;
その際将軍様にお目どおり叶えば幸いにて<(_ _)>