此処は場末のうらぶれたバーのカウンター。
俺と貴文は10数年振りに偶然街で再会を果たし再会を祝して一杯やる事となり此処へ来た。
奴は東大中退後会社を興し紆余曲折を経て今は売れっ子の演出家。
俺はと言えば何とか国立大を出てしがない商社マン。
奴との差は歴然。 俺はずっと奴にコンプレックスを感じて居た。
"光と影"…奴と俺の人生を俺は今までそう考えていた。
奴の話を聞くまでは…
『そうそう、この間面白い話を仕入れてな、知り合いの刑事から聞いた話なんだが…』
又始まった…奴の自慢話にはこれまでも多くの仲間が辟易として来た。
だが奴は話を聞かないと不機嫌になり帰ってしまう。
場が白ける事を避ける面々には只、奴の話が早く終わる事を願うのみだった。
奴の話はこうだった…。
ある一人の男性が殺された。
鋭利な刃物で心臓を一突き…ほぼ即死。
現場からはゲソ痕(足跡)など犯人の手掛かりとなる証拠が幾つも発見されこれがプロではなく素人 の衝動的犯行である事を匂わせた。
最初¨怨恨¨の線で捜査は進められた。
被害者は街金融の取立て屋であり当然多くの債権者から恨みを買って居たからである。
人を人とも思わない取立てには同業者すら震え上がる程であった。
借金苦で自殺した夫婦のお通夜の席で香典を借金の返済と取立てに来た時には流石に遺族を始め参列 者からも激しい非難の声が上がった。
しかし奴は顔色一つかえず一喝すると『まいどおおきに』と笑顔でその場を立ち去ったという。
その時目に涙を一杯溜め恨めしそうに男を見つめる姉弟がいた。
警察は最初この姉弟に目を付けた。動機は充分だったからだ。
だが姉妹にはその日つまり殺人当日)のアリバイが成立していた。
その日 は亡くなった両親の命日であり姉弟は墓参りしていた事がお寺の住職の証言で明らかとなった。
勿論 近所の住人の裏も取れた。
捜査は振り出しに戻された。
その後事件当夜塾帰りの中学生を事件現場近くで見たという証言を得て一縷の望みを託したが夜遅く 又急いでいた為怪しい人影は見なかったという。 又も捜査は振り出しに戻された。
捜査は難航を極めあわや「お蔵入」かと思われたその時! 全く予想もしない結末を迎えたのだ。
事件当夜偶々近くを食べ物を求めて捜し歩いていたホームレスの目撃証言により先の中学性が捜査線 上に浮かんで来た。
最初はホームレスの見間違いではないかという見方もあったが余りにも克明に覚えていた為任意で少年を呼び尋ねてみるとあっさりと犯行を自供。
しかも驚いた事に殺人の相手はだれも良かったという。
事の顛末はこうであった。
偶々友人達との会話の中で自分には『予知能力』があると嘯いてしまい事件当夜人が死ぬと予言して しまい引っ込みがつかなくなり偶々酒によって無抵抗に近かった被害者を殺傷してしまったと言うの だ。
彼は言う。 『だってしょうがないじゃないじゃないですか。偶々そう言っちゃったんだもの。そして運悪くあの おじさんが偶然居ただもの』と…
話し終えた奴はウイスキーをグッと一杯呷るとこう言った。
『恐ろしい話だよ。そんな理由で殺されちゃあかなわねぇよなぁ。まぁでも" どこにでもあるありふ れた事件"だけどなぁ』と…
"ありふれた事件"?この事件の何処がありふれているのか?俺には理解出来なかった。
明らかに快楽殺人者ではないか。それを"ありふれた事件"などと…
だが…そう言う奴の目は既に焦点を無くし口元には薄ら笑を浮かべていた。
それを見た時俺の中の奴に対する劣等感は消えていた。
そして俺は奴じゃなくて良かったと心底思った…。 完
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